プチ小説「たこちゃんの祭り」

ギオン・フェスティヴァル ギオン‐フェスティヴァル フェスティヴァル・デ・ギオン というのは祇園祭のことだけど、ぼくが初めて祇園祭に行ったのは、高校1年の時だった。写真部に入り、親に一眼レフのオリンパスOM1を買ってもらい、何かを撮りたいと思った時に最初に浮かんだのが祇園祭だったので出掛けたのだと思う。京都で祭りと言えば葵祭ということになるらしいが、7月13日頃から京都市の中心部のあちこちに山鉾が飾られ、14日頃からは夜店も出る。宵山、山鉾巡行(17日)の人出は物凄い。これに比べて葵祭は地味な行列くらいしか思い浮かばない。そんな具合だから、ぼくが京都の祭りと聞いて思い浮かぶのは祇園祭なんだ。でも最初の撮影会は50ミリレンズしかなかったので、山鉾の一部分を切り取ったような写真ばかりとなってしまい、残したい写真は一枚も撮られなかった。暑い日だったし、見物人、カメラマンが塒を巻いていたし、被写体(山鉾)に近づくことも容易でなかった。今から48年前のことなのでほとんど記憶が残っていないが、一枚もいい写真が撮れなかったという悔しさだけが残っている。この苦い経験があって、とにかく人が集まるところでばたばたと写真は撮りたくない、画面に収めるために望遠レンズと広角レンズは必携ということが刷り込まれた。最初の山鉾巡行で何の収穫もなかったのでその後山鉾巡行の撮影はしていない(現場にも出掛けていない)。あの背の高い鉾をぎゅうぎゅう詰めのところで竦んだ姿勢でカメラを構えシャッターチャンスを待つ。しかも暑いのに。そう考えると行こうという気にはなれない。しかし宵山(ぼくの場合は宵宵宵山が多いが)には何度か行ったことがあるし、大学生の時に山(多分、南観音山)を引いたことがある。山を引いた日もカンカン照りの暑い日で、巡回が終わって家に帰るまでにソフトドリンクを3本飲んだ。アスファルトから立ちあがる熱気が物凄かったのを覚えている。祇園祭は阪急電車で思い立ったらすぐに行くことが出来るが、ぎゅうぎゅう詰め、被写体がフレームにうまく収まらない、夏の一番暑い時にあるということで40才になって他の興味(槍・穂高登山、小旅行をして写真を撮る、クラリネットのレッスン(こちらは50才から)など)を始めると宵山や山鉾巡行に興味はなくなった。そうは言っても赤を基調とした(赤色は邪気を払うためらしい)山鉾が通りに並べられると夏本番がやって来たとわくわくした気持ちになる。山鉾を写すと人ばかり写ること、夜間の撮影が難しいのを知りながら、40才までは2、3年に一度は宵山に出掛けていた。祇園祭は60才を過ぎた今でも気になる行事なんだ。駅前で客待ちをしているスキンヘッドのタクシー運転手はほとんど毎日相川駅前で客待ちで祇園祭には行ったことがないようだが、実際はどうなんだろう。そこにいるから訊いてみよう。「こんにちは」「オウ ブエノスディアス テンゴ ムーチョ カロール」「本当に暑い日が続いていますね」「こういう日はすかっと...」「スカッとする冷たい飲み物やアイスクリームがいいですね」「そうやないねん」「それでないとすると、避暑地に出掛けて涼しい木陰で居眠りをするとか」「わしにそんなことをする暇とお金があると思うんか」「それもそうでしたね。それじゃあ、冷房が効いた部屋で精力のつく餃子、キムチ、焼肉、ステーキ、そのまんま焼いたにんにくなんかを際限なく食べるとか」「それすごくしたいけど、お客さんに迷惑かけるからやらへんの」「じゃあ、何がしたいんですか」「こういう時は昔京都に疫病が流行った時に恒例行事となって、今では京都市民の楽しみとなっている祇園祭に参加するのがええのん」「そうですか、でも夏の暑い時期だし、人出も凄いし、ぼくは行く気になれないなあ」「船場はんがそう思うのは、辛いことばかり考えるからや。例えば、あんたが高校生の時はどこでどんな写真を撮ろうとしたんや」「はっきりと覚えていませんが、当時ぼくは京都のことを全然知らなかったので、四条河原町の交差点に山鉾がやって来るのを待ってそこで撮ることしか考えられませんでした」「ほんで今やったらどこでどうして撮ろうと思う」「誰もがロケーションしたいと思う四条河原町の交差点は避けて、出発点の四条烏丸の近辺で1時間くらい前からうろうろしてビニールが取り除かれて綺麗なゴブラン織のタペストリーを鑑賞したり撮影したりして山鉾が動き出すのを待ちます。ぎゅうぎゅうでも通路では止まらせないから小一時間で、4つか5つの山鉾の写真は撮影できます。余裕があれば御池通りに出てそこで山鉾を待ち構えるのも気分が変わっていいかもしれません」「そうや、そうして移動しながらあちこちで写真を撮るのがベターや。それから最近は便利なカメラが普及しとる」「そうですね携帯のカメラだと腕を延ばして大画面でレイアウトを考えながら写真が撮れるので、何重もある人の頭も気になりませんね。露出は勝手に決めてくれますし、シャッターボタンを押すだけで綺麗な写真がいくらでも撮られます。一眼レフ(オリンパスOM1)やレンジファインダー(ライカM6、M9)のカメラだとファインダーを覗いて、露出、焦点を合わせるのでこういうわけには行きません」「どや、そういうふうに考えたら、今年の山鉾巡行の時は巡行開始の1時間前から携帯持ってうろうろしてみよかと思たんとちゃう」「そうですね、それもええんとちゃうと思いました」「そしたらその時途中でスタミナ切れせんように鍛えとくのがええと思うから、今からうさぎとびとリヤカーごっこをするでえぇぇえ」そう言って鼻田さんが自分の車の周りをうさぎ跳びでぴょんぴょん跳ねだしたので、ぼくもそれに続いたのだった。