プチ小説「クラシック音楽の四方山話 宇宙人編17」

福居は中学生の頃国鉄(当時)吹田駅の北側(徒歩15分)にある国鉄官舎に住んでいたので、電化製品(といってもラジオやカセットレコーダーなど)やその消耗品(電池、カセットテープ)を購入する時には阪急吹田市駅近くの中川ムセンや吹田駅南側(徒歩8分)にある上新電機を利用していた。中川ムセンは福居が高校生の頃になくなったので、それ以降30才になって福居が高級オーディオに目覚めて日本橋まで足を伸ばすようになるまでは上新電機吹田店で電化製品を購入していた。就職して2年目の冬にステレオがほしくなり、当時人気商品だったケンウッドのロキシー(グラフィックイコライザー付き)を購入したが、満足できる音でなかったので取り敢えずプレーヤーを購入することにした。プレーヤーはカートリッジ別売のもので当時も最高峰と言われていたオルトフォンのMCカートリッジの取り付けができるものを考えた。ヤマハGT2000のアームのウエイトを2つにすれば、オルトフォンSPUクラシックGの取り付けも可能とのことだったので、GT2000ととともにSPUクラシックGを購入した。しかしせっかく音を拾うところを改善したのに音を出すスピーカーのところが貧弱ではハープの音も広がりのある音にならないだろうと、次のボーナスの時に容量(40キロ)だけは高級オーディオに負けないオンキョーのMonitor2000を購入した。そうしてロキシーで再生していたが、一向に良い音にならないため(大きな音は鳴っていたが)プリメインアンプを購入することにした。当時はラックスマンとアキューフェーズが鎬を削っていたが、使いやすそうなラックスマンL-570を購入することにした。L-570は今でも名機と言われているが、このプレーヤー、カートリッジ、スピーカー、プリメインアンプで今から7、8年前までアナログレコードを楽しんでいたが、オーディオにお金が使えなくなりカートリッジを2万円程度のMMカートリッジに変えた。そうすると音が悪くなっただけでなく、軽いカートリッジは頻繁に針飛びして鑑賞に堪えなくなった。それでやむなくCDプレーヤーでクラシック音楽を鑑賞することにしたが、長年アナログレコードの音に親しんだ福居にはCDの音は冷たい機械的な音だった。今から20年以上前にコンサートで知り合った人に、これからはCDの時代、アナログレコードとその再生装置は早く手放した方がよいと言われて、取り敢えずパイオニアの8万円ほどのCDプレーヤーを購入してみたが、ヴァイオリンやチェロなどの楽器の音が別物に聞こえ、かろうじて金管楽器の音だけがよい音に聞こえただけだった。それで引き続きなるべく音の良いレコード(プレミアム盤)をオルトフォンのカートリッジで聞いていたが、それが出来なくなった時にもう一度CDプレーヤーで聞いてみようと考えた。デノンの4万円ほどのCDプレーヤーを購入したが、頻繁に音飛びするのですぐにマランツの中古CDプレーヤーに変えた。CDもなるべく音がよいSACD、HQCDなどを購入したがあまり変わらなかった(アナログレコードの音と別物だった)。それで10万円程する、SACDプレーヤーのみ再生可能なCDでも再生できるデノンのSACDプレーヤーを購入したが、こちらもしばしば音飛びして音もあまり良くないものだった。今までクラシック音楽がすぐに聞けて生活に潤いを与えていたのに突然それが断ち切られて、福居の週末は味気ないものとなった。家にある2台あるステレオのうちもうひとつはテクニクスのアナログプレーヤーを音聴箱(日本コロンビア)に繋いでいるが、こちらは日本橋の電気屋さんの勧めでオーディオテクニカ社製のフォノイコライザーを間に入れていた。今から3年前に福居はもしかしたらフォノイコライザーで音が改善できるのではと思って、ヨドバシカメラの高級オーディオのコーナーに行ったところ、田中さんという方が親切な対応をしてくださりケンブリッジオーディオのフォノイコライザーを間に入れることでアナログプレーヤーの音をオルトフォンのカートリッジを使った時とあまり変わりがない音に戻すことができた。最近、針先が摩耗して音が悪くなったので、福居はまた田中さんに会えるかもしれないと期待しながらヨドバシカメラの高級オーディオのコーナーを尋ねた。田中さんはおられず、福居がカートリッジをどれにしようかとショウケースに並べられたカートリッジを見ていると、M29800星雲からやって来た宇宙人が福居に声を掛けた。
「ココハナニガオイシインヤ」
「ここは電気屋さんなので美味しいものはありません。ぼくは電化製品を買いに来たんです」
「ワザワザタカツキカラデンシャニノッテキタンヤカラ、オイシイモンガタベラレルントチャウノン」
「美味しいものを食べることもありますが、今日はアナログプレーヤーのカートリッジを購入するためにここに来ました」
「ミッポンバシニモコウイウミセハアルントチャウノン」
「日本橋の上新電機一番館に以前よく行っていましたが、最近はオーディオに詳しい人がいなくなりました。以前、ここの高級オーディオのコーナーに田中さんという人がいて、タンノイのスピーカーを聞かせてくれたり、ケンブリッジオーディオのフォノイコライザーを推薦してくださったのです。それでまたクラシック音楽をどんどんどしどし聞きたくなったのですが、さっき聞いたら今はここにおられないと言われました。今日はお会いできると思ったのに本当に残念です」
「テンインヤナインヤカラシカタナイノトチャウ。ソレデモソウイウヒトニアワセテモラエタノハ、ラッキーヤッタネ」
「そうですね、田中さんに会えなければ、今も心地よいクラシック音楽が聞けなくていらいらしていたでしょう」
「トコロデ、キョウモクラシックノハナシヲキカセテホシイネンケド、ドナイデッカ」
「もちろん、いいですよ。でも前回お話したように今日からは演奏家の紹介をさせてほしいのです」
「シキシャカラガエエトオモウケド、ドウカナ」
「ぼくも一番バッターはカラヤンでと行きたいところですが、今日は前説が長くなってしまいました。それで一枚のレコードを紹介したいと思います。ところで谷さん、オーディオ・ファン垂涎のレコードと言えばどのレコードかわかりますか」
「モチロン、クレモナノエイコウノコトヤネ」
「その通りです。一時、マーラーやブルックナーの交響曲を大音量で聞くのがええよというのが雑誌に載っていましたが、やはりクラシック音楽は弦楽器やピアノの美しい音に耳を傾けるのが基本だと思うのです。この名盤はレオン・ポンマースの伴奏に乗って、ルッジェーロ・リッチがストラディバリウスやガルネリやアマティなどの15の名器で15曲の小曲を演奏するのですが、音が素晴しいだけでなく、小品のお手本演奏をリッチは聞かせてくれます。リッチはこのレコードを1963年に録音したのですが、1954年にパガニーニ・リサイタルというレコードも録音しており、こちらも美しいヴァイオリンの音色が聞けます。他にも、パガニーニの24の奇想曲(カプリース)も録音していますが、ヴァイオリン協奏曲では名盤と言われるものを残していません。「クレモナの栄光」のどの曲がお好きですか」
「チャイコフスキーノメロディトメンデルスゾーンノゴガツノソヨカゼガエエヨ」
「ぼくは断然パラディスのシシリエンヌです。「クレモナの栄光」のCDがアマゾンで13,280円で売られているのを見るとどんな音がするのだろうと興味津々ですが、その音が好きになれないなぁと嘆くのが目に見えるようで購入しないと思います。でも今から1年前だったらアナログレコードのいい音が聞けなかったので、一見いい音が聞けそうな超プレミアムCDを購入するという勇み足をしたかもしれません」
「ソウソウ、タカイモノガエエトハカギランノヤカラ、アンタハセイゼイオカイドクヒンノエエヤツヲサガシテチョウダイ」
「そうします」