プチ小説「こんにちは、N先生 64」

私は梅雨明けから始まった猛暑日が骨身に堪えていつか何か不幸なことが起きるぞと恐れていたのですが、8月3日についにコロナに罹ってしまいました(正確に言うと発熱外来を受診してコロナ陽性と診断されました)。8月2日から調子が悪かったのですが、その日は家の用事があり風邪の症状だと思ったので少しお酒を飲んで寝ました。翌日になっても体調がすぐれず熱を測ると37.6度ありました。消防署に問い合わせると発熱外来受診を進めてくださり、家から自転車で15分ほどのところにある病院の発熱外来を受診しました。1時間程待って診察、検査それから30分程して、抗原検査の結果が陽性なので、5日間外出禁止、10日間人との接触を控えてください。マスクは必ずしてくださいと言われました。私はいつもマスクをしていて8月1日はクラリネットのレッスンの時とぎょうざの満州で中華丼と麻婆豆腐を食べる時以外はマスクを外さなかったのにどうしてこんなことになったのかと思いましたが、後の祭りでした。不幸中の幸いだったのは、私も8月2日に付き添いで病院に行った母もコロナ陽性となりましたが、37度台後半の熱と咳だけで済んだことでした。でもコロナに一度かかると感染症にかかりやすくなるようですし、実際いくつかの気になることがありました。私は咽頭が弱いので咳が長引くのは覚悟していましたが、内耳を綿棒で少し傷つけただけなのに中耳炎になったり、ぎっくり腰なのに余りの痛さに首手足が動かせず一晩眠れなかったりという今までにない症状が出たのです。コロナ発症 ー のどの痛み ー 中耳炎 ー ぎっくり腰と続いたので、8月に入ってからは悲惨な毎日でした。腰の痛みがようやく取れ近くのスーパーに行き晩御飯のおかずをかごに入れていると、N先生が声を掛けられました。
「腰の具合はどうだい。まだ傷むのかな」
私はなぜ私が腰痛で2日間外出できなかったのをご存じなのか訝りましたが、明るく答えました」
「おかげさまで、大分いいようです。でも10月19日の伊吹山星空観測会から帰って、椅子に座ってシャワーを浴びていると激痛がしてそれが首手足まで広がり動けなくなってどうしようかと思いました」
「それでどうしたのかな」
「風呂場で寝るわけにも行かず、いつも布団を敷いて寝ている3階まで上がりました。余りの痛さに顔から汗が吹き出ました。それから朝までほとんど動かずに寝ていることができたら良かったのですが、私は利尿剤を飲んでいるので5回トイレに行くために痛いのを我慢して3階まで上り下りしたのは辛かったです。痛み止めの薬と湿布薬でぎっくり腰は治まりましたが、他の疾患(椎間板ヘルニア)などがあるかもしれないので落ち着いたら整形外科を受診しようかと思っています」
「コロナで自宅療養となったら、布団の上で安静にしとかなくっちゃー。君は時間がもったいないとデスクでプチ小説を書いていた。それからアマゾンを見ていると買いたくなるので、フリーセルとソリティアばかりをしていた。それで腰にきちゃったんだよ。咳もまだまだ治らないようだし大丈夫かい」
「そうですね、仰る通りです。でも今までなら背筋とか腿上げをしたら腰痛は治っていたのですが、最近は改善せずだんだん腰痛が酷くなってきました」
「それなのに、星空観測会に出掛けた。こちらも電車で1時間半近く、バスで1時間近く往復腰掛けるという腰には酷い負担だ。なぜ出掛けたのかと思うな」
「8月は楽しみにしていた行事がいくつかありました。8月5日淀川花火大会、8月8日茨木弁天の花火大会、8月12日伊吹山星空観測会、8月16日京都五山の送り火です。それらの撮影ができると楽しみにしていたのですが、コロナですべて取り止めました。それでも最後のひとつだけは行きたいと腰に多少不安があったのですが、強行しました」
「それで動けなくなったわけだが、行った甲斐はあったのかな」
「残念ながら、満天の星は見られませんでした。前回同様(7月にも参加しました)雲が全天を覆っていました。満曇の夜空と言うのでしょうか。でもカシオペア、北斗七星、イルカ座(ナビゲーターの人が嬉しそうに解説していました)はちょびっとだけ見えました」
「まあ、行ったらどんな催しかわかるからいいんだろうが...君も少しは凝りたろう」
「そうですね、いかに夏が星空を見るのに適していないかがよくわかりました。実際、伊吹山スカイテラスに到着した時は東の空に連なった入道雲があるくらいで他はほとんど雲がなかったのです。それが20分程してあたりが暗くなると西の空が少し晴れているというふうに変わりました。なので三日月は撮影できました。7月の星空観測会に参加していた時に運転手さんが言われていたのは、10回に1回はすごい星空が見られるということでした。今日は別の運転手さんがバスを運転されていましたので、その運転手さんがツアーを開催中に運転されるのは多くて10回くらいでしょう。なので1シーズンに1回か2回満天の星空が見られるのだと思います。伊吹山近辺は他が晴れていても天候が悪いことが多く、7月参加した日もこの日も下界は晴天でした。それほど条件が悪いということにようやく気付いた次第です。運転手さんの話では予約をしていて星空が見られないと思ったらキャンセルすればよいと言われましたが、予約できる日も限られますしいい加減にやめようかと思っています」
「まあ、そういう決断ができる材料がもらえたというのは参加した収穫なのかもしれないよ。ところで『波の塔』を読み終えたと聞いたけど、どうだった」
「推理小説ではなく「女性自身」に連載していた恋愛小説なので、どんな小説なんだろうと思って興味津々で読み始めました。ヒロイン頼子は怪しいブローカーを夫(結城)に持ち婚姻関係は結婚してすぐに破綻していました。結城は昭和30年頃の横暴な男性を絵にかいたような人で2人の妾の家で過ごす時間の方が長いような人です。物語の始まりは頼子がコンサート会場で気分が悪くなり、それを新米検事小野木が介抱するところから始まります。ここに小野木が旅先で知り合った高級官僚の娘輪香子が絡んで華やかで明るい人妻、若いOL、新米検事の恋愛関係が展開します。その究極のシーンというか印象に残るシーンは頼子と小野木の深大寺のデートシーンです。輪香子はふたりが仲良くしているのを見て羨ましく思います」
「でも、こういう不倫の恋愛は社会的に非難を浴びるものだし、頼子もその例外ではなかった」
「そうです、事件が起こり輪香子の父親がもしかしたら検察の取り調べを受けるかもしれないという話が出だすと、結城がおたおたしだします。そうして妻が不倫をしている相手が自分の事件を担当している若手検事だとわかると、知り合いの弁護士に相談して担当の検察官が被疑者(自分)の妻と不倫をしている。そんな検察官が取り調べをするのはおかしいと言い張り事件をうやむやにしようとします」
「最初は小野木の上司が穏便に済ませようとしたが、弁護士が拒絶して、結局、小野木は上司に辞表を出すことになり、頼子は自分が小野木に迷惑を掛けたことを申し訳なく思うようになる」
「そうして登場人物が自殺するために青木ヶ原樹海に入るのですが、誰が入るのかは伏せておきます」
「そうだねその方がいいだろう。頼子と小野木が心中するのか、頼子が単独で入るのか、輪香子もやって来るのか。はたまた結城が責任を感じて頼子を探しに来るのか。ところでこの青木ヶ原樹海はこの小説のせいでここで自殺する人が増えたという話だが」
「そうですね、「女性自身」連載の頃から大きな反響を読んだ小説ですから、いろいろ感化される人も多かったのだと思います。おかしな言い方かもしれませんが、『波の塔』にまつわる明るいエピソードは深大寺、暗いエピソードは青木ヶ原樹海と言うことになります。ちなみに「波の塔」は頼子が西湖で見た白い塔の幻影で、何かを象徴しているのだと思われますが、結末のところなのであまり突っ込んで言わないことにします」
「そうだね、『波の塔』を最後まで読まないと、もしかしたら結城が頼子を救出するために青木ヶ原樹海に来るのかなと思うかもしれないからね」