プチ小説「クラシック音楽の四方山話 宇宙人編 19」

福居は数年前までは自宅から5分程のところにあるベントステーションというお弁当屋さんだけを利用していたが、廃業された(店頭に貼り紙がしてあった)ので他の店で弁当を購入せざるを得なくなった。🦐天丼、カルビ焼き肉定食などが美味しく週に2回利用したこともあった。廃業されて半年程して路上でお弁当屋さんのおじさんと会ったので、廃業した事情を聞くことが出来た。おじさんは、ゴールデンウィークの頃で店が忙しく走り回っていたが、床が濡れていてすべってしまった。動けなかったので救急車を呼んでもらって総合病院に行ったところ、大腿骨骨折で3ヶ月入院した。退院はしたが、今も杖歩行しかできない。かみさんとふたりで弁当屋をやって来たが私がすべての調理をして来たから、もう70才過ぎたし廃業を決めたと言われた。福居は時々ではあるが20年以上食べて来たベントステーションの🦐天丼がもう食べられないのかと思うと悲しかったが、ベントステーション以外のお弁当は食べないとかっこをつけるのもどうかと思ったので近所にある自分の口に合う弁当屋さんを探してみることにした。家から一番近い本家かまどやは高校生の女の子2人が調理して店主が配達を担当しているようで少し塩辛めの味付けが合わなかった。家から自転車で10分くらいのところにあるほっかほっか亭はそれなりに美味しかったが、特に凝ったメニューがないので物足りなかった。家から自転車で7分のところにあるほっともっとは人気店でたまに中華料理フェアなどをするので、客で混んでいなければここで定食、カツ丼などを買ってそのあとついでに近くにあるやきとり八剣伝で焼き鳥を数本買って帰ることに決まった。福居がほっともっとでカツ丼と野菜炒めのおかずを注文して、待ち時間でやきとり八剣伝に行って若とりとぼんじりととり皮を頼もうとするとM29800星雲からやって来た宇宙人が福居に声を掛けた。
「ココハナニガウマインヤ」
「やはり焼き鳥のチェーン店ですから、焼き鳥ですね。ぼくはここで持ち帰りを注文するだけですが、中に入ると居酒屋のメニューは一通りあるようですよ。でも持ち帰りだけなら、他に唐揚げ、餃子、鍋のセットくらいでしょうか」
「ニイサン、ツクネトナンコツトカワヲ50ズツチョウダイ」
「谷さんの場合、それくらい食べないと物足りないですよね。そこにベンチがありますから、できるまでクラシック音楽の話をしましょうか」
「コノマエカラヤンヤッタケド、キョウハダレナン」
「やはりカール・ベームを避けて通ることはできないでしょう」
「ナンデナン」
「最初は嫌いだったけど一時的に好きになり、今はまた嫌いになっているからです」
「アンタ、ソンナフウニスキキライバッカリイウトッタラ、ロクナコトナイヨ」
「でも最初はカラヤンと同じように嫌いだったのが、あることがきっかけで好きになり、またあることがきっかけで嫌いになったんです」
「ソウナンヤ、デ、スキニナッタキッカケハナンヤッタン」
「以前から、ベームのベートーヴェン「田園」とブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」だけは好きでたまに聞いたりしていました。カラヤンを時々聞くようになり、アナログレコードを買い漁るようになって、ベームも真剣に聴いたら面白いのかもしれないと思ったんです。それでモーツァルトの協奏曲、管弦楽曲、交響曲、ブルックナーの交響曲第7番と第8番、モーツァルトの歌劇「魔笛」「後宮からの誘拐」「皇帝ティートの慈悲」「コシ・ファン・トゥッテ」、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」などをじっくり聴いてみたのです。モーツァルトの協奏曲と管弦楽は割と良かったのですが、概ねベームの演奏は輝きがなく緊張感のない退屈なものでした。もしかしたら、バイロイト音楽祭の実況録音、ワーグナー「ジークフリート」(「楽劇「ニーベルングの指輪」から)、「さまよえるオランダ人」を聴いたら感動できるのかもしれませんが、もう余り聞きたくないという感じです」
「ソンナニトウザケナクテモエエントチャウノン」
「第一に感動が伴わないのですから、時間がもったいないです。それに決定的なことがあって、ベームはもうええかと思ったのです」
「ソレハナンナノン」
「ブラームスの交響曲全集のSACDをせっかく購入したのですが、演奏内容がわからず仕舞いだったんです」
「ソレッテドウイウコト」
「家にある3台のCDすべてで音飛びして、頼みのマックでは順番が変わって再生されたんです。それでベームのレコード、CDを聞くのはもうええかと」
「ウーン、デモソレハベームサンニツミハナイトオモウケド」
「でもベームさんがぼくを遠ざけている気がしたんです。ベームの演奏が地味で面白くないと思っているのなら、お前は聞いてくれんでもええのと天国で思われたんだと思います」
「マア、アンタガモオエエトオモッタンハジジツヤネンカラムリセンデモエエトオモウヨ」
「だからこれからしばらくは、ベームのレコードはベートーヴェンの「田園」と「英雄」だけを聞こうかなと思っているんです」