プチ小説「青春の光 111」

「は、橋本さん、どうかされたんですか」
「田中君が、船場君は懸賞小説で頑張ると言ったから吉報を待っているのだが、全然それが来ないんでどうなっているのかなと思っているんだ」
「そうですね、でも厳正な審査をするのですから、時間が掛かるのはやむを得ないと思います。確かに言えることは、6月に出版社に送付しているので来年に入ってしばらくしてから結果がわかるということです」
「ということは、船場君は結果が出るまで高みの見物というわけか」
「まさか、何の実績もないんですから、毎日毎日頑張って実績を作ろうとしているんです。また船場さんの場合、ユーモアセンスは人よりもあると思うのですが、面白い話を創作する力はあまりないと思うんです。それでそれを身につけるために自分で面白いと思う小説を図書館で集中的に読んでいるのです」
「それが、松本清張、ウエルズ、ヴェルヌ、ヘッセなのかな」
「その前に船場さんは、以前読んだ、モームの『人間の絆』、アレクサンドル・デュマの『モンテ・クリスト伯』をじっくり読み直しました」
「船場君はそういう名作をよくかみ砕いて、消化して、尻から出すんだ」
「橋本さん、品のない話はこういう時はやめときましょう」
「じゃあ、こういうのはどうかな、船場君はそういう名作を咀嚼して、何度か胃との間を行き来させて、つまり反芻してから大脳に送り、イリノイ・ジャケーのハーレム・ノクターンに合わせてスネーク・ダンスを踊って、頭をシェイクするというのは」
「まあ、そっちの方がまだいいでしょう。とにかく船場さんは楽しい作品を生み出すために日夜努力されているのです。船場さんの場合、創作の泉があるわけではありませんから、本を読むなりいろんな体験をするなりした中から作品の素材そのものや部品などを見つけるわけです。大まかなストーリーと興味深い登場人物が思いつけば、その後はわりと筆は早いと言われていますが、それまで船場さんは時にはスネーク・ダンスや首振りダンスをしてアイデアをひり出す、いやひねり出そうとされます」
「田中君も品がないんじゃないか。どうも船場君の創作活動は排ガスや排便に近いようにわれわれは思い込んでしまうのかな」
「ぼくは言いそこなっただけで、排便と関連づけようという意思はありませんでした。そのくらいにして船場さんの最近の活動や今後の活動についてみなさんに告知しましょう」
「そうだ、とにかくわれわれは発信して楽しんでもらってこそ、存在意義がある。でもここのところの船場君は冴えなかった」
「そうですね、4月に頻尿で処方してもらった薬が合わずに下肢に水がたまり右膝と右足首が左の1.5くらいに膨れ上がった。処方した開業医さんは打つ手がないのか、新たな薬の処方をされなかった。それで仕方なく、母堂がかかられている60床ほどの病院にかかったんですが、かかるのが遅れたため右足が元に戻るまで時間が掛かりました。それでかなり身体が弱ってしまったのですが、この夏の猛暑は追い打ちを掛けました。連日の猛暑日の中、船場さんは大学図書館通いをしていたのですが、ついにコロナにやられてしまったのでした」
「船場君はほとんどマスクを外さなかったのだが、誰かからコロナをもらってしまった。船場君は、きっと身体が弱っていたので、些細なことで感染してしまったのでしょうと言っていたが、お互いコロナには気を付けないといけないと思う。そうそう、船場君はコロナだけでなく、他にもいくつか体調を悪くしたんだろう」
「そうですね、船場さんの場合、咽喉が弱いので風邪のような咳が出る疾患にかかると後が大変みたいです。完全に治るまで時間がかかるようです。今回もコロナを発症してから3度も咳止めの薬を処方してもらわれたようです。今も調子が悪いと言われてました。他にも綿棒で内耳を引っ搔いただけで中耳炎になったり、重篤なぎっくり腰になって2日間はほとんど動けなかったと聞いています」
「9月3日にLPレコードコンサートがあるので、久しぶりに東京に行けるのに咳や腰痛があるんでは、心から楽しめないんじゃないのかな」
「まあ、それでも、年に4回LPレコードコンサートで東京に行くのとディケンズ・フェロウシップの集まりを楽しみにしていると言われていたので、帰って来られたら元気になられているんじゃないですか。そうして10月7日にディケンズ・フェロウシップの総会で理事・会員の方々と楽しい時間を過ごされたら、本腰を入れて懸賞小説に取り掛かられるんじゃないですか」
「田中君が言う通りになることを私も願っているよ」