プチ小説「クラシック音楽の四方山話 宇宙人編25」

福居は今から30年程前、家の近くの小さな喫茶店でモーニングセットを食べて蕁麻疹が出たことがあったので、お得とわかっていても喫茶店でモーニングセットを頼むことはしなかった。しかし半年前に烏丸錦のホリーズカフェでどうしてもあんバタートーストのモーニングセットが食べたくなり注文した。福居の心配は杞憂に終わり、体調の変化はなく30分程滞在して店を出た。今年は9月中旬になっても猛暑日が続いていたが、9月12日、福居は午前中に用事があって家にいて夕方にクラリネットのレッスンがあったので、家でお昼にレトルトカレー(もちろん〇とうのごはんの上に乗っけて)を食べて、四条烏丸近辺をウロウロしてから午後3時頃にホリーズカフェに入り、あんバタートーストのモーニングセット(午後からも注文可能)を頼むことにした。福居が店に入ろうとすると、M29800星雲からやって来た宇宙人が福居に声を掛けた。
「ココハナニガウマインヤ」
「いろいろメニューにありますが、ぼくはホットコーヒー、アイスコーヒー、あんバタートーストしか頼んだことがありません」
「ホタラ、ホットコーヒー20パイトアンバタートースト20コヲタノモカナ」
「前にも言いましたが、ここはテーブルが小さいですし、お皿やティーカップをいくつも乗せられません。取り敢えずホットコーヒーでモーニングセット(トースト+ゆでたまご トースト+目玉焼き あんバタートースト トーストたまごサンドの4種類から選べる(値段は異なる))を頼まれたらどうですか。そうしてもう少し食べたいのなら、サンドイッチ、ホットケーキ、焼き菓子を、もう少し飲み物を頼みたいのなら、アイスコーヒーや紅茶やジュースを頼まれたらいいのではないですか」
「ヨッシャ、ワカッタ、モーニングセットノホカニハ、トリアエズハウツワノテイヘンガチイサイ、タマゴサンド、ハムサンド、コーヒーゼリーダケニシトクワ」
「そうですか、それじゃあ、他のができるまで、ホットコーヒーを飲みましょうか」
宇宙人は福居のマネをして、ラージのカップにグラニュー糖のスティック2本とフレッシュ1個を入れて細長いプラスチックの混ぜ棒で中をかき混ぜた。
「ウーン、ホットコーヒーガイイノハ、コノヨウニヒョウメンニギンガノヨウナモヨウガデキルカラナンヤ。アイスコーヒーヤッタラコウリガハイッテイルカラ、ボコボコデコンナノハデケヘンネ」
「そうですね、ぼくもこの表面に出来る銀河のような模様は大好きなんです。最近、テレビでカップの表面に写る景色をスマホカメラで撮って評判になり個展を開いたという女性の紹介がありましたが、ぼくもコーヒーカップの中の銀河とか言ってライカで撮ったコーヒーカップの写真で個展が出来たらいいなと思います」
「アンタノバアイトオデヲスルオカネガナイカラ、ソンナショウモナイマネゴトヲカンガエルノハシカタガナイケド、コーヒーノチャイロトクリームノシロダケデハセピアイロノシャシンミタイデハナヤカサニカケルワ。トコロデキョウモイマカラクラシックオンガクノハナシヲシテモラエルカシラ」
「ええ、ではフルトヴェングラーについてお話ししましょう」
「ナンカ、アンタ、イツモトチガウネェ。ナンカアッタンカ」
「そうですね、実は、私は数年前までは人並みのフルトヴェングラー・ファンだったのですが、4年程前から何度か彼の一貫性のない指揮(振ると面食らう指揮と言われることもあります)は好きでないと言われまして、ぼうぼうと燃えている火に水を掛けられたような状態になってしまったのです。アインザッツ(出だし)の乱れが異常な雰囲気を醸し出し盛り上がり、その繰り返しで感動させてまた聞こうと思わせるのが、フルトヴェングラーのいくつかの魅力のひとつだと思うのですが、それを正しい指揮をしていないんじゃないかと言われると、ちゃんとした音楽教育を受けておらずただ耳に心地のよいクラシック音楽を求めて来た私は、そうか、フルトヴェングラーの指揮がきちんとしていなくて不快に感じる人もおられるんだなと思ったのでした。永遠の名盤と私が思っていた、1947年盤のベートーヴェンの「運命」やブルックナーの交響曲第7番もその方にはテンポをいじりすぎるし一貫性がないので良い演奏とは言えないという感想でした」
「マア、ソレゾレカンジカタハチャウヤロカラネ。アンタガスキヤッタラソレデエエントチャウノン」
「でも、100人いたら100人がフルトヴェングラーはええよと言っていたので、ぼくもそれに乗っかっていたところがあるのです。なお、その方は他の指揮者で演奏が良くないと言われたことはありません。それがあってからは、フルトヴェングラーのレコードは古いですし、休日楽しもうという気持ちがなくなってしまいました」
「イママデドンナキョクヲキイテタン」
「バイロイト祝祭管弦楽団とのベートーヴェンの第9番、ユニコーン盤のベートーヴェンの第7番、ウラニアのエロイカ、EMIのエロイカ、グラモフォンのシューマンの第4番などです」
「ソレデモネンマツニナッタラ、アンタハフルトヴェングラーノダイクガキキタクナルトオモウヨ。ナガネンネンマツニカナラズキイテルンヤカラ、ソレヲキカントシコセントオモッテルンヤロ」
「否定はしませんが、それでも今までと違って...」
「ワシハオンガクハミミデアジワウカジツトオモットルカラ、オイシイナア(スバラシイエンソウヤナア)トオモッタラウキウキシテクルケド、ソレダケヤ。コノレコードハエエコトナイデスヨトイワレテモ、ソウナンカナトオモウダケデカンジョウハウゴカン。モチロンアトニモノコラン。アンタガイマヒトカライワレテキクノヲヒカエテイルレコードモホトボリガサメタラ、マタキクントチャウ。ソンナモンヤデ。ヒトツダケイエルノハ、アキッポイアンタガガクフドオリノカンドウデキルトコロノナイエンソウハアワナイヤロナトイウコトヤ」
「そうですよね、ぼくも最初から、性格が悪ったと言われるTさん、一度聞いて合わないと思ったOさん、一度も通して演奏を聞いたことがないBさんがいますから、人の言い分は柔らかく受け止めた方がいいですね」
「ソウヤ、コレカラハソウスルンヤデ」