プチ小説「こんにちは、N先生 68」

私が高校生の頃はSF小説の大ブームで私も御三家と言われる、星新一氏、筒井康隆氏、小松左京氏の小説のいくつかを楽しんで読みました。なかんづく、星新一氏の文庫本は真鍋博氏の表紙絵に空想力を掻き立てられて、20冊は読んだと思います。また映画も「2001年宇宙の旅」をはじめ近未来を描いた映画、アニメーションがいくつか上映され楽しませていただきました。ただ高校1年生の時に夢中になったSFも小説は井上ひさし氏のユーモア小説から海外文学の翻訳ものへと変わって行き、映画は私が苦手なホラー映画に似た場面がしばしば出て来るようになり見ることはほとんどなくなりました。私が幼稚園児から小学生の頃には数多くのSFアニメがテレビで放映されました。印象に残っているのはやはり「鉄腕アトム」と「鉄人28号」ですが、「スーパージェッター」「遊星少年パピイ」「遊星仮面」それから実写では「マグマ大使」「ジャイアントロボ」などは毎週放映されるのを楽しみにしていました。幼い頃、近未来や宇宙への憧れはこうした恐怖シーンのない夢のある、時にはユーモラスなところもあるアニメなどによって私の中で培われたのでした。SF好きの人は御三家や日本のSF作家の小説を読んでさらに海外のSF小説へと読み進んで行かれたようですが、私はモーム、ディケンズ、アレクサンドル・デュマなど英仏を中心とした海外文学を読んでばかりいたので、ヴェルヌの『海底二万里』やウェルズの『タイムマシン』を読んだのは今年になってからでした。ヴェルヌの『地底旅行』を読んで他にも近未来や宇宙を描いた小説を読んでみようと思ったのですが、ウェルズの『透明人間』や『モロー博士の島』のあらすじを読むと私が幼い頃に親しんだSFからほど遠いもので結局購入するのはやめてしまいました。ウェルズやヴェルヌの小説ではなく数多あるSF小説をSF文庫の本棚から選ぶのが早道だと思うのですが、もしあるSF小説の虜になると他の西洋文学や松本清張の小説が読めなくなるので、今まで通り書店に行ってもSF文庫の棚は素通りしています。そんなことを思いながら1年ぶりに渋谷のハチ公改札を出て左側を見ると、前まであった東急百貨店はなくなっていました。最近、冷凍室に入れたアイスが溶けてかき氷のようになるので、私はヤマダ電機で下見をしようと入店しました。冷蔵庫売り場で今使用している60×60×140くらいの大きさの冷蔵庫がないかと冷蔵庫のコーナーをぐるぐる回っているとN先生が後ろから声を掛けられました。
「午後1時に名曲喫茶ライオンが開店するので時間つぶしをしているんだと思うが、今日は何をリクエストするのかな」
「ここに5枚アナログレコードを持って来ているのですが、アシュケナージがピアノソロのラフマニノフのピアノ協奏曲第3番かバックハウスがピアノソロのベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番のどちらかを掛けてもらおうと思っています」
「バックハウスはシュミット=イッセルシュテット指揮ウィーン・フィルとの共演だと思うが、アシュケナージは誰かな」
「フィストラーリ指揮ロンドン交響楽団の1963年盤です」
「そのレコードはいいよ。若い頃のアシュケナージはテクニックだけでなく瑞々しさもあるから好きなんだ。このあとライオンでそれを聞かせてもらうとして、その前に君は『宇宙戦争』を読んだみたいだから感想を聞かせてもらおうかな」
「ぼくは西洋文学をたくさん読みたいと今まで文学全集で取り上げられる小説を中心に読んできました。最近はギリシア悲劇やシェイクスピア作品やドイツ文学(『ウィリアム・マイステルの修業時代』と『緑のハインリヒ』とヘッセの作品)なども読み、SF作品も少し読んでみようと思っています。手始めに、ウェルズとヴェルヌを読んでみようかと思っていますが、文庫本のリストを見たところ、読みたい本がなかなか見つかりません」
「それは君が選り好みをするからだよ。ヴェルヌの『月世界旅行』なんか面白いと思うけどなぁ」
「そうですか。映画にもなったようですが、大きな弾丸の中に入って大砲で月を目掛けて発射してもらうようです。ドタバタ喜劇の様でSFではないんじゃないかと勘繰ってしまいます」
「でも、『宇宙戦争』はドタバタではなかっただろ。火星人や宇宙船それから火星人の乗り物なんかも細かく描かれているし」
「火星人はタコのような外見で、乗り物も似た感じですね。巨大な円筒状の宇宙船は大気圏突入の際に火球のように黄緑色に輝くようです。火星人の食べ物は地球人で、吸血鬼のように人間の血を吸って生きているようです。身体の中には脳と肺と心臓しかなく、太い神経を触手に伸ばして獲物を捉えるようです。16本(8本ずつ二束)の触手によって身体を支えてしかもあらゆる動作をするのですが、地球の重力が火星の3倍あるため火星人が無防備な状態で行動できず、移動のための機械や作業機械を使います」
「火星から6台の宇宙船がやって来て、ロンドン近郊を破壊しつくした火星人も細菌に感染してあっけなく物語は終わる。第2陣がやって来る可能性も匂わせているが、地球に細菌がいるので再襲来はないだろう。行方不明になった主人公の奥さんが戻ってきたことはよかったが、火星人に好きなことをされて火星人が細菌にやられて終わりと言うのは物足りない気がする」
「そうですね、昔のSFヒーローものだったら毎回ヒーローが悪者をやっつけて終わるのですが、『宇宙戦争』には語り部は出て来ますがヒーローは出て来ません。細菌が火星人を殺すという終わり方もスカッとしないですし、そういったところが物足りなく思う原因でしょうね」
N先生と私との対話が終わったので、私たち二人は名曲喫茶ライオンに入り、アシュケナージの持ち込みレコードを聞いて帰ったのでした。