プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生55」

「アユミさんがどうかしたの...」と秋子が尋ねたので、小川は、いや別にと答えた。
それでも秋子が何も言わないで小川を見つめるので、小川は特にこれと言って話したいことがないままに
口を動かし始めた。
「そのー、そうだな、あれだ、ところで、ピアノを貰ってどこに置くつもりなの」
「そうね。うちはダイニングキッチンとバストイレを除いたら、2つの洋間と1つの和室で、小さい洋間の方は
 子供たちのために使っていて近く2段ベットを入れようと思っているのでこれ以上ものは入れられないわ。
 和室は私たちの寝室でもあるしこれ以上狭くなると困るわ。そうなると小川さんが書斎にしている部屋を少し
 開けてもらわないと。できれば小川さんの愛読書を並べている本棚を片付けてもらえれば有難いんだけれど...」
「でも、あそこには、ディケンズ先生の本が並んでいるじゃないか。ぼくたちにとっては有難いご利益がある、
 神棚のように大切なものなのだから...」
「じゃあ、どこにおけばいいの。それから、アユミさんをどこに泊めてあげればいいと思う」
「今のところ、ピアノは子供部屋に置くしかないだろう。近い将来には子供たちのものになるんだから、早いうち
 から手を伸ばせば届くところに置いておいてもいいんじゃないかな。そうすればアユミさんが来ても、和室で
 3人川の字になって寝ることもなくなるだろう。ピアノを入れないんなら、アユミさんが来たら僕は書斎で寝るよ」
「そうね、わかったわ。ありがとう」
「そうだ、今日はその書斎で寝てみようか」

眠る前に、「我らが共通の友」の第1章を読んだためか、小川が寝入るとすぐにディケンズ先生が現れた。
「小川君、たまにはこうして一人で寝てもらうと有難いんだが。というのは、やはりすぐそばに秋子さんがいる時には
 どうしても気兼ねしてしまう。突然、子づくりに励み出したらどうしようかと心配になるんだ。
 ところで、「我らが共通の友」は気に入ってくれると思う。2組のカップルの恋愛が中心の話だが、ボッフィン氏
 という個性の強い人物も出て来るし。この小説は私の完成した最後の長編小説であり、私の自信作なんだ」
「それでは、楽しみにすることにしますが、やはり「エドウィン・ドルードの謎」を最後まで読んでから、言い換えれば、
 一緒に入っている6編の短篇や解説も読んでから、「我らが共通の友」を読むことにします」
「私は、小川君のそういう几帳面なところが好きなんだ。そうだ、いいことを教えてあげよう。アユミさんが怒った時に
 どうするか今から対策を練っておいた方が...」
「先生、まさかアユミさんが、僕を投げ飛ばしたりするのでは...」
「心配なら、アユミさんを近くで見て来られたアユミさんのご主人にいろいろ伺ってみるのが一番いいかもしれない。
 好人物だし、きっと君とウマが合うと思うよ」
「今度の休みに訪ねてみます」