プチ小説「いちびりのおっさんのぷち話 一生漫画だけではもったいない編」

わしが幼少の頃は今みたいにスポーツが盛んやなかったから、小学生低学年の児童と言われる天才になるかもしらん卵は自分の出来る範囲内で自分が将来夢を叶えるための材料を一所懸命に探しとった。といってもわしは裕福やなかったから、情報源としては家にある白黒テレビか親戚の家で見る漫画本やった。残念ながら図書館に行くには少し早かったんで、自宅で白黒テレビの前に座ってSFアニメを見るか親戚の家で2つ年上のいとこの男の子がおばあちゃんやおかあちゃんから買ってもらった漫画本を一所懸命読むかやった。いとこが好きだったのは鉄腕アトムと鉄人28号(多分、どちらとも光文社のカッパ・コミックスちゅーのやったと記憶している)で親戚の家に行くとそれを飽きもせず読んどった。それからしばらくして漫画本の棚を見ると同じ大きさの漫画本が置いてあって背表紙に少年マガジンと印刷されてあった。その頃、少年マガジンに連載しとったのは、水木しげる「悪魔くん」、川崎のぼる「巨人の星」、石森章太郎「サイボーグ009」、赤塚不二夫「天才バカボン」、ちばてつや「ハリスの旋風」、森田拳次「丸出だめ夫」、さいとう・たかお「無用ノ介」やった。後に大家となる漫画家ばかりやったが、20ページほどでまた来週となるもんやからそんなに頻繁に親戚の家に行く(電車に乗って約1時間かかった)わけにも行かずいつしか少年マガジンの連載を読むことはなくなった。その代わり、本屋さんで立ち読みをするか、コミックの単行本を読むようになった。なかでも一番のめり込んだんが「巨人の星」やった。父親が巨人ファンでプロ野球中継をよく見ていたこともあって、川上、金田、長嶋、王(実在する野球選手)なんかが主人公星飛雄馬(架空の人物)と話をするところとかがとても興味深かった。「巨人の星」を切っ掛けとして、スポ根(スポーツ根性もの)のアニメはよう見た。「あしたのジョー」「タイガーマスク」「赤き血のイレブン」「ミュンヘンの道」「キックの鬼」そんでー、「男どアホウ甲子園」は平日の10分しか放送せんかったし原作の一部しかアニメ化せんかったけど、主題歌が最高やったし後にルパン三世で石川五右衛門の声を担当する井上真樹夫さんが主人公藤村甲子園を担当しはって「いくでー、豆タン」(これに反応して豆タンこと岩風五郎が「はいな、あんさん」と応える)と何度も言うてはったんやった。船場は26年前に買うた天体望遠鏡を母校立命館大学に寄贈するからと押入れを整理しとったら、ブリキの行李の中に「男どアホウ甲子園」のコミック全28巻を見つけよったみたいや。ほんでー、早速、東大編20巻~25巻を読んだみたいや。天体望遠鏡のこととか、「男どアホウ甲子園」への愛着とか船場には話したいことがようけあるようやから、訊いてみたろ。おーい、船場ーっ。おるかーっ。はいはい、天体望遠鏡の母校への寄贈と「男どアホウ甲子園」のコミックのことですね。そうや、ところでお前、なんで天文部の人とコンタクトでけたんや。まあ、詳しいことは言いませんがある出来事があって大学の事務局の人と話す切っ掛けができたんです。それで前から大学に寄贈したかった天体望遠鏡のことを申し出たところご了解いただいたという次第です。天体望遠鏡ちゅーても厚紙にちゃちなレンズがついたやつやろ。いえいえ、それは立派な望遠鏡ですよ。メーカーはタカハシ製作所で望遠鏡ではトップのメーカーです。機種としてはFS102SRだったと思うのですが。タカハシのフローライト(蛍石)を磨いたレンズを搭載した102ミリの望遠鏡(鏡筒 FS102)と赤道儀(EM-10)と三脚、12Vのバッテリー、天体写真撮影用カメラ(オリンパスOM-1)とアダプターや拡大撮影用の付属品などを寄贈する予定です。今から26年前にヘールボップ彗星を撮影しようと当時50万円のローンを組んで支払ったものです。それでその彗星は撮れたんかいな。残念ながら発注生産で出来上がりまで半年かかり出来た頃にはヘールボップ彗星は2等星くらいで深夜の時間帯しか見られなくなっていました。仕方がないので、木星や土星や月を見ていましたが、その年の秋は月食が見られると聞き、頑張ってそれだけはしっかり撮影しました。近くの公園で撮影したんか。いえいえい、それでは街灯の光が眩しくて撮影は不可能です。その辺りのことが分っていたのか、怪しいことをしていると近所の人に思われたくなかったのか、母親が世話になっている家のリフォームをしている会社の人に相談して屋根の上に簡易観測所を作ってくれたんです。7、8回観測しただけで40万円は高くつきましたが、邪魔が入らずに天体観測が出来たのは良かったと思っています。それから仕事が忙しくなって天体観測どころでなくなり、それから約26年その望遠鏡を使うことはありませんでした。月食の他には写真は撮らんかったんか。他に撮影したのは満月の写真、半月の頃の写真が数枚位です。木星や土星は見ただけか。そうですね、木星と土星はその時に肉眼で2、3度見ましたが、当時は銀板カメラ(フィルム)で今のような大容量の1コマでなかったので、拡大すると荒い粒子でなんだかそんなのがあるなくらいだったでしょう。結局、月食、満月(カラー)と半月の写真(モノクロ)だけでした。仕事が忙しくてとてもそれどころでなくなり、それから7年程して実家を出てひとり暮らしを始めました。14年経過して父親の介護(主に大学病院への付き添い)のために隣の家に戻った(たまたま売りに出していたんです)時に簡易観測所は撤去されていて(私が頼みました)天体観測は不可能になりました。その頃から望遠鏡をどうするか考えていたのですが、売り手が見つからずいつからか母校に寄贈しようと考えるようになりました。そうか、望遠鏡のことはようわかったが、それを押し入れで探しとったら、「男どアホウ甲子園」のコミックが見つかったんか。そうです、別のところを探しても見つからないので、どこに行ったのかと思っていました。まさかブリキ製の行李に収まっていたとはまったく考えませんでした。にいさんが言うように「男どアホウ甲子園」はアニメの主題歌も素晴らしいのですが、ぼくにとって「男どアホウ甲子園」は小学5年生から高校1年生まで一番夢中になって読んだ(毎週少年サンデーを読むことが出来なかったので、単行本を買っていました)コミックと言えるでしょう。とにかく途中で中だるみしたり読む気がなくなる漫画が多いのに最後まで面白かった、ぼくにとっては宝物と言えるものです。秋田書店のコミックは後に出た文庫本より表紙絵が素晴らしくいつまでも残しておきたいものです。それでもあんたは今は活字ばかりなんやろ。そうですね、高校の頃から日本の作家の著書、外国文学の翻訳を読むようになって、コミックはほとんど読まなくなりました。第一、漫画で培ったイマジネーションを働かす能力を活字を読むときに生かさないのはもったいないと思います。ぼくは高校生の頃に2段目のロケットである活字の小説に移って行かないと活字を実写に変換させる能力が養われず、いつまでたってもものを見ないと描写が出来ない(情景を浮かべることができない)ということになり、一生漫画本から離れられなくなるような気がします。その結果、一生小説を読む楽しさを味わえないというのはもったいないです。ぼくはできれば高校の頃にマンガ本から足を洗い、小説を読むようにするのが良いと考えます。漫画を読むこと自体は結構なことだと思うのですが、高校生や大学生になっても活字で書かれた小説はわからないというのはほんとにもったいないことだと思うのです。そうやな、そのことにはよ気付かんといかんわな。