プチ小説「こんにちは、N先生 78」
私は大晦日の午後10時30分に自宅を出て夜間に京都の神社を5つお参りするというのを2年に一度くらいの割合で行っているのですが、今年(つまり2024年の元日のことです)は雨天の予報だったため諦めました。お参りして平和で家族が平穏であるようにと祈るのですが、今年はそれができませんでした。そのためか元日に能登で地震があり、金沢に住む親戚に被害がありました。私は今年65才になるので夜中に長時間歩くのはやめようかと思いましたが、今までいろいろ無理難題を聞き入れていただいた神様との繋がりを遠ざけるのは良くないと考えて、今後も雨天(雪も含みます)でない限り体調に問題がなければ大晦日のお参りは続けようと思いました。そう思いながら立命館大学校内の西側広場で弁当を食べていると、N先生が声を掛けられました。
「1月12日の真冬に大学の広場で弁当を食べるのは寒くて辛いんじゃないのかな」
「今日は1月の一年で一番寒い時期だと言うのに、気温が12度もありますし木枯らしも吹いていません。セーターも着ていますから問題ありません。ここで弁当を食べれば550円でおつりが来ますし」
「君は午前11時20分頃にここに来て10分程で図書館に戻るようだが、なぜかな」
「結構ここを利用する人が多くて、11時30分になるとベンチが埋まります。前は学生さんと話ができるかと考えましたが、なかなか60才を過ぎた高年齢の私には声を掛けてもらえません。懸賞小説で入賞したらその話もできるでしょうが、自費出版をしてその本がたくさんの大学図書館に受け入れてもらっているというだけではあまり大きな顔はできない気がするんです。それで誰もいない時に来て、弁当を食べ終えたらそそくさと図書館に戻ることにしています」
「でもここのお弁当屋さんは唐揚げもハンバーグもカツアゲも美味しいし、ソースも凝っているから言うことないね」
「中華弁当もエビチリが美味しいですから是非お試しください。といってもここは1月19日までしかやっていません。入試試験を挟んで新年度が始まるまではハイライト、なか卯、松屋とかで昼食を取ることになります。遠くまで行くのが面倒な時は、ファミマでおにぎりを買って食べます」
「お好み焼き屋さんにも一度行ったんじゃないのかな」
「ええ、龍安寺商店街の店に行きましたがボリュームがないのでもう行かないと思います」
「等持院の近くにもお好み焼き屋はあるんだろ」
「そうですね、コロナの時に一度行ったのですが、店頭販売だけでした。今はお昼ごはんでお好み焼きを食べられるのかな。一度行ってみます」
「そうさ、コロナが落ち着いていろんな店が以前通りの営業をしているから、確かめるといい。ところで君は松本清張の『黒革の手帳』を読み終えたようだが」
「ええ、でもこの小説はヒロインが犯罪者という珍しい小説でした。しかも色仕掛けで目的を達成しようとする『塗られた本』の紺野美也子のような汚い女です」
「まあ、女にもてない君がそう言いたくなる気持ちはわかるが、それですきやんができて順風満帆の人生を歩む女性もいるのだから一概に否定するのは良くないと思うよ。だからぼくは美也子は許せるが、元子は好きじゃないね」
「元子の最初の犯罪は銀行の預金係という立場を利用して無記名預金を横領したことです。その次がその無記名預金で所得隠しをしている個人病院の院長の恐喝です。元子はこのふたつの犯罪で1億2千万円余りを腹黒いやり方(銀行の支店長、支店次長、顧問弁護士の説得に耳を貸しませんでした)で手に入れます。そうして自分の夢である銀座のバーの経営を始めるわけですが、運営費用が掛かり店が思っているほど流行らないので将来困らないように千万円単位のお金を入手しないといけなくなります」
「そうして元子は3つ目の犯罪の計画を立ててうまく行きそのお金を手に入れたと思ったところで別の規模の大きな銀座のバーを手に入れようとするわけだが、ここで大きな落とし穴があることに気付き、それまでとんとん拍子に運んでいたと思われたことがすべて元子が困らせた人が共同して陥れたということに気付く。しかし時すでに遅し。お金に困ってしまい。頼る人も全くいない。頼りにしていた弁護士も元子の相手が大物とわかると、怖気づいてしまう」
「仕方がないので元子は問題解決のため単身債権者のところに乗り込むがそこで現れたのが3年程前に元子が陥れた支店次長だった。次長が仕返しをするために何人もの人と共謀して仕組んだ罠であることを説明される。その中に犬猿の仲だったホステスがいて、その女と争ううちに...結局、妊娠中だった元子は流産して救急車で産婦人科病院で診てもらうことになるが、手術台に乗っかって医師と看護師を見るとかつて陥れて、5千万円を恐喝した人たちだった。元子は思わず、「助けて!わたしはこの二人に...!」で幕となりますが、ぼくは、そら、しゃあないなと思いました」
「そうだねえ、悪い人がのうのうと生きて行けるというのはあってはならないことだと思うし。勧善懲悪というのが門切り型で面白くないと思う人もあるだろうが、ここまで悪い女を許しておけないという気持ちはよく理解できる」
「そうですね、この小説に出て来る、長谷川さんも、橋田さんも、安島さんも、島崎さんも、牧野さんも、真面目に仕事をしているのに元子に人生を狂わされた村井の涙ながらに語る気の毒な話を聞いて、そんなわるいやつは懲らしめんとあきまへんなと考えたのだろうと思います」
「そうしてこういう悪人が酷い目に遭うのを見ると、ぼくたちは地道に真面目に働かなくてはと思うだろ」
「仰る通りでそういう波及効果があるのだと思います」