プチ小説「こんにちは、N先生 79」

私はお好み焼きが大好きで一昨日も烏丸錦通西入ルにあるまんまるの月でおいしいお好み焼きを食べたのですが、豚玉大と焼きそばとジンジャエールで2,820円だったので思わず、ぼくは貧乏なのでお金が貯まったらまた来ますと店長さんに宣言してしまいました。手慣れた手つきでふんわり美味しいお好み焼きを焼き上げる店長さんの技はすごいなぁと感動しましたが、1回の夕食で3千円もかかるというのは金欠病の私には2ヶ月に一度くらいしかできません。それでもう少し安くで食べられるところがないかと思い、今日は以前から一度行ってみたかった嵐電等持院駅近くにある「ジャンボ」に行くことにしました。名前の通り安くて大きなお好み焼きが売りで今から39年前に一度食べただけですが、値段の割には美味しかったという記憶があります。3年前のコロナの緊急事態宣言が出ている時にも行ってみたのですが、その時はそれまでしていたお好み焼き屋さんをやめてテイクアウト専門の店に変わっていました。今もテイクアウト専門店でお昼の午後2時までの営業と午後5時から9時までの営業になっていてなかなか行けなかったのですが、今日は母校の天文研究会の人たちと天体望遠鏡の修理について打ち合わせをして帰るのが午後5時30分になったので帰りに寄ることにしました。生憎の雨でしたが、私が傘をたたんで店に入ろうとすると、ココハナニガウマインヤという声がしましたが、後ろを見るとM29800星雲からやって来た宇宙人ではなくN先生がおられました。
「一度、谷さんのマネをしてみたかったんだ」
「N先生もここのお好み焼きを食べられるのですか」
「ぼくは外食は安くて美味しいものがいいと思っている。3,000円出して美味しいと思っても、予算の都合ですぐには来られない。でも、ここだと焼きそばも豚玉もミックス焼きも750円だしボリュームもあるから毎日だって買いに来れる」
私は連日夕ご飯がお好み焼きということはないでしょうと言いたかったのですが、我慢しました。
「阪急東通り商店街にある老舗のお好み焼き店美舟は豚玉、焼きそばいずれも950円だ。食べられる量がどのくらいかは店で頼んでのお楽しみなのだが、お好み焼き屋焼きそばは500円の価格が維持できなくなってからあっという間に倍近くの値段になった気がする。そう考えるとジャンボは他より安いと言えるんじゃないかな」
「ぼくもそう思います」
「ところで君は松本清張の『風の視線』を読み終えたようだが、面白かったかい」
「前回読んだ『黒革の手帖』の主人公の女性と違ってこの小説に出て来る2人の女性は美しくて淑やかで少し気の弱いところがある女性でした」
「そうだね、亜矢子も千佳子も元子と違ってがめつくない、お人好しだ。でも傲慢な男は彼女らに心からの愛を注げず、妻として、愛人として見限られてしまう。自暴自棄になった男はシンガポールで女を囲い、お金に困って犯罪に手を染めてしまう」
「でもこの男が罪を犯さずそのままの状態が続いていたら、物語は終わらなかったと思います。妻は夫に見切りをつけたが、義母が盲人なので引き続き同居して看てあげないといけないと思っている。でもはけ口が必要なので同年の男とこっそり会ったり、若い写真家の憧れの女性となっている。愛人は傲慢な男が同じ職場の上司なので逆らえないとの弱みから愛人関係にさせられたが、その後は宙ぶらりんな状態にさせられ行き場を失い意志を持たないような人間になってしまいます。ところがやっかいなおっさんが金に困って密輸という犯罪を犯してしまい。それまであった鎖が断ち切られ、名津井久夫も久世俊介も竜崎亜矢子も野々村千佳子も幸せになります。亜矢子も千佳子も傲慢な男性が塀の中に押し込まれて自由になり安心して、自分を愛してくれ自らも愛している男性との幸せな暮らしを求めるようになるのです」
「この小説はそんな五角関係とも言えそうな恋愛関係も面白いが、名津井が十和田湖と奥入瀬渓流から始まって、余り知られていない津軽半島にある十三潟そうして国東半島の豊後高田の山奥の摩崖仏を訪れてプロのカメラマンとしての仕事をするのだがここは旅情を誘う」
「久世は亜矢子とうまくいかなくなり、地方への転勤を願い出ます。結局、佐渡島の両津に赴任しますが、最後の再会のシーン(沢崎鼻 佐渡島の西の尖端)を感動的にするために場所を移したという感じです」
「そうだね確かにこうすれば中年の男女が町中で抱き合うよりは旅情を誘うしぐっと来るだろう。そういう舞台設定は上手いと思うね。でも十三潟の死体は事件性がなく名津井の芸術的な写真の素材になるだけだし、松本清張の分身とされる富永弘吉が途中から出て来なくなる。名津井が千佳子に、今度、富永先生と足摺岬に行くと話す場面があったらまた旅情を誘ったかもしれないよ」
「確かにそうですがまたそこで死体が出たら、名津井は写真を撮りまくるかもしれません」
「でも奥さんをほったらかしにすることはもうないだろう」