プチ小説「クラシック音楽の四方山話 宇宙人編34」

福居は昨年11月に母校立命館大学天文研究会に天体望遠鏡を寄贈したがすぐには使えないことがわかり、東京の天文ショップスターベース東京に修理を依頼したり(発送、引取りは天文研究会の部員が行った)経年劣化で使えなくなっていたバッテリーを買い替えたりした(ヨドバシカメラ京都に部員と共に買いに行った)。後は2、3度部員と共に天体観測会を行うと26年以上自宅にあった天体望遠鏡を覗くこともなくなる。引き続き天文ガイドなどを本屋で立ち読みして肉眼で天体ショーを見ることはあるが、天体望遠鏡での観測は完全にできなくなる。ヨドバシカメラでバッテリーを購入して部員と一緒にホリーズ・カフェ烏丸錦店でコーヒーを飲んだ福居は大垣書店で天文ガイドを立ち読みしていたが、ココハナニガウマインヤと後ろで声がしたので振り返った。
「ああ、谷さんでしたか。最近、別の方が突然現れて、そのように尋ねられるので、その方かと思いました」
「ソウナンヤ。ソノヒトトナガイツキアイナンカ」
「そうですね、大学3回生からのおつき合いですから、もう40年以上になりますね」
「ドウイウナカナン」
「最初はドイツ語の先生と生徒という関係で、衣笠(立命館大学前)から50番の京都市バスに乗り、千本中立売で下車するまでの間クラシック音楽や西洋文学の話をするだけでしたが、先生が専攻されているギリシアの歴史や文学の話もするようになり、下宿に何度かお邪魔し、卒業の前には一緒にドイツ語を教わった生徒数名と先生が料理された牛肉の赤ワイン煮を食べさせてもらいました」
「イマデモ、ソノセンセイトイキキハアルノカ」
「いいえ、卒業後2、3年は手紙でのやり取りがありましたが、私の仕事が忙しくなったこともありお誘いに乗れなくなりこれからは会うことが難しいと言った内容の手紙を出したところそれから手紙は来なくなりました。その後、その先生は京大出版会からギリシャに関する本を出され、その後岡山のノートルダム清心女子大学、神戸学院大学で教鞭を取られたようですが、今は70才を過ぎられたので引退されたようです。多分、私より10才ほど年上だったので、今は75才位だと思います」
「アンタノショウセツニヒンパンニトウジョウスルカラ、イマデモツキアイガアルヤトオモウテタワ」
「そうですね、でも、天体望遠鏡のようにぼくの人生に一時花を咲かせてくれたのでN先生にはとても感謝しているんですよ。ギリシアの歴史や文学に興味を持たせていただきましたが、むしろイギリス文学や意識の流れ(ストリーム・オブ・コンシャスネス)の文学(ブロッホ、スターン、ウルフなど)の楽しい話を聞かせていただいたのが印象に残っています。先生の下宿でヘルマン・ブロッホの『ウェルギリウスの死』のハードカヴァーを見せられ、「これ面白いよ」と言われたのを今でもはっきりと覚えています(河出書房の世界文学全集スターン&リチャードソンを見せられ、『トリストラム・シャンディ』が面白いとも言われていました)。他にサマセット・モームの『人間の絆』、『剃刀の刃』の話をされていたと記憶しています」
「トコロデ、ボウエンキョウデナニミテタン」
「確か1997年1月に新聞でヘール・ボップ彗星のことを知り、それからすぐに大阪谷町にある天文ショップテレスコハウスで望遠鏡が買いたいと言ったのですが、店員で社長でもある方が、発注生産なので渡せるのが半年後になるがそれでもいいかと言われました。7月中頃に望遠鏡は届いたのですが、ヘール・ボップ彗星の観測は難しくなっていたのでした。7月の終わり頃から11月まで何度か(多分7回)観測したのですが、皆既月食を見て写真に収めたのは一番の思い出です。カラーリバーサルフィルムで満月を撮ったり、モノクロフィルムで半月を撮ったりしました。また木星、木星のガリレオ衛星(イオ、ガニメデ、エウロパ、カリスト)、土星、星雲(アンドロメダ星雲らしきものも見ました)、星団(多分M10)も望遠鏡で見ました。冬に入ると寒いですし望遠鏡が曇ったりしますので、また夏になったら観測しようと考えましたが、仕事が忙しくなりそれどころではなくなりました」
「ソウシテカンソクシナクナリ、テンモンカンソクノヤグラモテッキョシテシモウテカンソクデケンヨウニナッタ、トコウイウワケヤネ」
「そうですね、広場や道端で観測するにしても機材を持って行くのが大変です。櫓を作ることを考えてくれた母親には感謝しています。でも観測しないのにいつまでも残しておけないと言われたので、櫓は10年程で撤去されました」
「マア、ゲッショクノシャシンガノコセタシ、ジブンノメデモクセイトドセイヲミタンヤカラエエントチャウノカナ。ボコウデツキヤモクセイヤドセイヲミテメニヤキツケタラ、ソレカラアトハホカノシュミニチュウリョクシタラエエトオモウヨ」
「読書、音楽鑑賞の他、懸賞小説への応募、LPレコードコンサートの開催、クラリネット演奏、ホームページ作成、写真といろいろありますから。でも天体望遠鏡がぼくの元を離れたということで少し感傷的な気持ちになっています」
「ソンナワカレノダンチョウノオモイノキョクトイウノガクラシックオンガクニハアルネ」
「そうですね、谷さんが言われるのは「別れ」「離別」の曲のことを言われているのでしょう。まず第1はショパンの「別れの曲」でしょうね。もっと切実なのはシューベルトの最後のピアノ・ソナタ第21番でしょうね。シューベルトは他に、歌曲集「白鳥の歌」、弦楽五重奏曲も最晩年の生との別れの曲で涙を誘います」
「ダイサッキョクカノキョクデソウイウノガイクツカアルネ」
「チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」、ブラームスのクラリネット五重奏曲、グリーグの晩春、フランクの交響曲もしんみりと人生を振り返るような曲想です」
「アンタニハワカレトイウノハマダマダハヤイトオモウヨ。コレカラモシッカリショウジンシナハレ」
「そうですね、80才位まではへこたれることなく見栄を張って頑張りますよ」