プチ小説「クラシック音楽の四方山話 宇宙人編36」

福居は2002年から阿佐ヶ谷にある名曲喫茶でレコードコンサートを3ヶ月に1回開催している。コロナ禍で2020年3月のレコードコンサートが中止になって3年間自粛したが、昨年(2023年)の6月から再開した。再開を果たせたのは嬉しかったが、以前と違うことがいくつかあり日頃から何とかならないものかと思っている。1つ目は定宿となっていた大森東急REIホテルがなくなったことである。愛宕山もなくなり、東急ホテルを利用しようと思うと吉祥寺まで行かなければならなくなった。2つ目は名曲喫茶ライオンの営業時間が午後1時からになったことで、2019年までは一泊で東京に行くことにして新幹線で東京に到着してすぐに名曲喫茶ライオンに行き、午前11時開店してすぐ店に入り持ち込んだレコードを掛けてもらい、翌日も阿佐ヶ谷の名曲喫茶のレコードコンサート前に名曲喫茶ライオンで持ち込みのレコードを掛けてもらっていた。新幹線の運賃が3万円近くかかりホテル代も1万5千円ほどかかるのだが、名曲喫茶ライオンで愛聴盤を2枚も掛けてもらえるということで充分元は取れていると考えていた。ところが経費節約のため日帰りで阿佐ヶ谷の名曲喫茶でレコードコンサートをするようになったので、レコードコンサートを終えてから名曲喫茶ライオンに行ったのでは持ち込みのレコードを掛けてもらえない。午後4時から7時までに掛けてもらえればよいのだが最近は外国人観光客が多くてリクエストを掛けてもらえない可能性が高い。一泊して2日目の午後1時(開店してすぐに)に名曲喫茶ライオンに行かない限りは持ち込みのレコードは掛けてもらえない。3万円も運賃がかかる上に一泊して1枚の持ち込みレコードを掛けるのは何か用事がないともったいないと考えるようになってしまった。阿佐ヶ谷の名曲喫茶のステレオ装置も良い音だが、名曲喫茶ライオンであの大きな音楽空間をひととき独占して自分の愛聴盤を聞ける喜びは格別なのである。しかも2019年までは1回の旅行で2回も味わえた。そんなことを考えながら、午後1時にならないと開店しないのに、福居は日曜日の午前11時から名曲喫茶ライオンの前で開店を待っていた。もしかしたら、店の人が気の毒に思って開店前に入店させてくれるのではないかの考えからだったが、しばらく待っているとM29800星雲からやって来た宇宙人が福居に声を掛けた。
「ココハナニガウマインヤ」
「ぼくはいつもここでアイスミルクコーヒーを頼んでいますが、コーヒーの名店という喫茶店ではありません。静かに音楽に耳を傾けて心を豊かにする喫茶店なんです」
「ナルホド、ソウカモシレンガ、カイテンノ2ジカンモマエカラナランデイルトイウノハドウイウコトヤネン」
「実はこの後午後1時から阿佐ヶ谷の名曲喫茶でレコードコンサートを開催して、新宿のディスクユニオンに寄って中古レコードを漁ってから帰阪しようと思うのです」
「ココノカイテンモゴゴ1ジカラヤロ。ソレマデニアクコトハナイヤロ」
「それはそうなんですが、もしかしたら店員さんが気の毒に思って入れてもらえるかもしれないと思って、ちょっと立ってみようと思ったんです」
「ゴクロウサンナコトヤネ。ソレヨリレコードコンサートガオワッテスグニキタラカケテモラエルカモシレンヨ」
「午後7時から定時コンサートがあるので午後4時くらいから6時くらいまでの間に私の持ち込みのレコードを掛けてもらえるかもしれませんね。最近はディスクユニオンで購入したいLPレコードもほとんどなくなりましたから。阿佐ヶ谷の名曲喫茶でのレコードコンサートを終えたら、名曲喫茶ライオンに向うことにします。でも2回に1回はディスクユニオンに行こうかな」
「サイキンハガイコクジンカンコウキャクガオオイ。トクニシブヤハガイコクジンダラケヤ。ココニモヨウケキハルヤロケド、3カイニ1カイクライハレコードヲカケテコラエルカモシレンヨ」
「そうですね、もともとせこくお金をけちっての旅行ですから、100パーセント満足できなくても仕方ないですね。早速、この後のレコードコンサートが終わったらすぐに名曲喫茶ライオンに来ることにします」
「ソウヤデ、アンガイオキャクサンスクナイカモシレンヨ。2ジカンモマッタラカケテモラエルノトチャウ。トコロデ、クラシックオンガクノオモシロイハナシシテクレヘン」
「私はここで自分の自慢のレコードをいくつか掛けてもらったのですが、その中の思い出深いレコードをいくつか紹介させていただきます。まずは一番最初に持ち込みで掛けてもらった10インチ盤なのですが、ハイフェッツのヴァイオリン、スタインバーグ指揮RCA交響楽団のブルッフのスコットランド幻想曲です。このレコードを名曲喫茶ライオンのステレオで聞かせてもらって、そのすばらしさに圧倒されてこの感動を何度も味わいたい、時間が出来たら聞きたいレコードを持ってここに来ようと思ったものです」
「ソレヲキクトココデアンタガスキナオンガクヲキクノハイキガイノヨウヤカラ、トギレサセナイホウガエエントチャウ」
「そうですね、途切れさせないほうがええんとちゃうと思います。次はアバド指揮ウィーン・フィルの演奏でマーラーの交響曲第3番です。1時間40分かかる大作なので最初の楽章(第1部第1楽章)と最後の楽章(第2部第6楽章)だけを聞かせてもらったのですが、マーラーの壮大なシンフォニー中ではやはり第3番が最もすばらしいと認識を新たにしたものでした」
「ソウヤネ、1ジカン40フンモドクセンスルノハヨクナイネ。デモコノキョクハじぇしー・のーまんヤうぃーんショウネンガッショウダンノウタゴエモエエヨ。ビンバンビンバントイウトコロワシスキヤネン」
「ぼくもそう思います。次はバルビローリ指揮ウィーン・フィルのブラームス交響曲第2番です。この曲はセラフィムシリーズという廉価盤の頃から愛聴しているレコードです。イギリス人指揮者バルビローリの熟練の技が発揮されている名盤で誰でも一度聞けば虜になるレコードです」
「バルビローリハイギリスオンガクダケヤナクテシベリウスモエエネ。ワシディーリアスノアパラチアダイスキヤ」
「ぼくも大好きです。次はウェストミンスター盤の室内楽ですが、バリリ四重奏団他のモーツァルトの弦楽四重奏曲第21番「プロシア王第1番」と弦楽五重奏曲第5番のレコードです。CDでは違う組み合わせなのですが、この組み合わせが一番いいと私は思います。名曲喫茶ライオンの奥さんがこのレコードを聞かれて感激されていたことを思い出します」
「ナガネンライオンノステレオヲキイテキタヒトガタイコバンヲオスネンカラエエンヤロネ」
「他にもたくさんあるのですが、もうひとつだけ。やはりデッカの名演奏家アンセルメのリムスキー=コルサコフ「シェエラザード」は一緒に入っているボロディンの歌劇「イーゴリ―公」からダッタン人の踊りもすばらしく何度も聞いてみたくなります。デッカのナンバーワンのレコードと言いたいです」
「シェエラザードハダイ2ガクショウモエエケドヤッパリダイ3ガクショウガイチバンヤネ」
「ああ、いけない。早く行かないとレコードコンサートに間に合わなくなる。ぼくは阿佐ヶ谷に向かいますが、谷さんはどうされます」
「ワシハヒマヤカラコノママゴゴ1ジノカイテンマデマツワ。ホンデ「シェエラザード」カ「スコットランドゲンソウキョク」ヲリクエストスルワ。アンタハキョウハレコードコンサートガオワッタラ、マタココニクルンヤネ」
「そうですね、そうしてもし掛けてもらえたら、ボールトのホルスト「惑星」のレコードを掛けてもらおうかなと思います」