プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生57」
小川が、「我らが共通の友」を読み始めて1週間が経過した。いつもの喫茶店で第4章まで読み終えると、
小川は、独り言を言った。
<ディケンズ先生が仰っていた通り、魅力的な登場人物が次々と登場している。最初の章で登場するヘクサム
父娘はこの物語でどんな役割を果たすのだろう。彼らはテムズ川で何をしているんだろう。塵芥の売買で
ひと財産作ったハーマンという人の一人息子が行方不明になっているようだ。そのハーマンが亡くなり、
遺産相続の話が出ている。そう言えば、遺産相続で突然その人の人生が変わるという話は、「リトル・ドリット」
でも「大いなる遺産」でもあったなあ。遺言によりハーマンの息子の結婚相手が決められているというのも面白いな。
ところがその次の章でハーマンの一人息子のジョン・ハーマンが死体で発見される。しかも発見したのは、ヘクサム
のようだ。第4章でウィルファー家が紹介されるが、その一家のベラがジョン・ハーマンの結婚相手だったため
いきなり喪服姿で現れ、「すばらしい財産がちらりと見えたのに。今はこんなばかげた喪服を着ている。未婚の
未亡人となり娘が悲しんでいるのに、パパは悲しんでくれない」と言って、天使のような容貌の父親を苦しめている。
ベラの母親や妹のラヴィニアも一筋縄でいかない人間に描かれており、この家族が出て来るシーンは楽しめそうだぞ>
腕時計に目をやると、午前7時前だった。
<やはり面白い小説を読んでいると、夢中になって時間を忘れてしまう。こんなに没頭できるのは有難いことだ。
小説を読むのは誰でもできるけれど、面白い小説を読むチャンスは均等に与えられてはいない。それにもしかしたら、
面白い小説を読むことが楽しく、時には喜びとなることを知らない人もいるんじゃないだろうか>
その夜も小川が帰宅したのは午後10時だった。遅い夕食を取り終えると、小川は秋子に尋ねた。
「アユミさんが家に来るって話、どうなったの」
「それがね、しばらくはご主人と一緒に来て、泊まりは家の近くのホテルに泊まるということになったの。でも...」
「でもって、何か...」
「ご主人が話してくれたんだけど、小川さん、アユミさんのことを極端に恐れていない。何回かは恐ろしい目に
遭ったかもしれないけれど、アユミさんは私の友人だし、ご主人とは結婚して10年以上経ったのに今でも
アツアツの夫婦なのよ。そんなアユミさんが人に迷惑がかかるようなことをするわけがないじゃないの。
心配のし過ぎだと思わない」
「そりゃー、秋子さんの言う通りだったら、僕は何も異論はないよ」
「そう、じゃー、アユミさんの宿泊費も必要でなくなるから、家に泊めて上げていいわね」
「ううん、そうだな、それはだな、いいとも言えるし...」
「よかった。じゃあ、来月は家に泊まってもらうわね」
「......」