プチ小説「青春の光114」
「は、橋本さん、どうかされたんですか」
「船場君は最近どうしているのかな」
「予定通り6月末で締め切りの懸賞小説に応募されて、その結果待ちというところでしょうか」
「それでまた来年の6月末までに次の小説を書くというわけか。のんびりしすぎじゃないのかな」
「そうですね、船場さんは今年4月で65才になりましたし、あと10年くらいしか小説は書けないと思うともう少し...」
「いや、船場君は調子乗りだからチャンスが与えられたら、精一杯頑張るだろう。貧乏学生と変わらない質素な生活をしているし、お酒も週末に少し飲むか飲まないかという生活だ。だから案外長生きするかもしれない。お母さんの介護が必要だが、母堂は今のところ落ち着いておられるようだ」
「そうですね、お母さんの付き添いで病院に行かれたり、週に4日は一緒に夕飯を食べたりしておられるんですね」
「負担を掛けないようにとお母さんも頑張っている。今88才だから、10年後は98才になる。それまでにというわけには行かないだろう。早くしないといけないと思うんだ」
「でも船場さんの考えでは、有名な文学賞で賞さえ取れば有名になるし原稿の依頼があるだろうと期待されています」
「船場君の場合は自費出版で『こんにちは、ディケンズ先生』4巻を出している。他の人の様に原稿の依頼があるとは限らないだろう。賞状と賞金を受け取って終わりということもありうる。同じことを繰り返していて仮に6、7年が経過して70才を過ぎて目標が達せられても原稿依頼が1本だけならそれまでに他でも頑張ったら良かったのにということにならないかな」
「他の文学賞に応募したらどうかということですね。原稿用紙30枚位の量でも受け入れてくれる賞もありますから、そういう賞で実績を積んでおけば意外な展開があるかもしれませんね」
「とにかく船場君を何を希望するかが問題なんじゃないかな」
「たくさん小説を書いて晩年の暮らしを豊かにしたいという考えがあるかもしれませんが、チャールズ・ディケンズの『大いなる遺産』やアレクサンドル・デュマの『モンテ・クリスト伯』やヴィクトル・ユゴーの『レ・ミゼラブル』のような作品をひとつだけでも残したいという考えもあり、今からいろんな小説に応募してひとつでも賞を取りたいと頑張るよりじっくり時間を掛けて自分でも納得して原稿を提出すると言うのがいいのかもしれません」
「そうなると船場君はずっと貧乏なまま生涯を終えると言うことになる」
「でも槍・穂高登山を40代にたっぷり楽しみましたし、自費出版で『こんにちは、ディケンズ先生』を出版してディケンズの愛好家団体ディケンズ・フェロウシップに入会させてもらいそれまで雲の上の人だった大学の英文科の先生と親しくしてもらいましたし、LPレコード・コンサートでは自分の愛聴盤を名曲喫茶ヴィオロンでクラシック・ファンの方と一緒に聴いていますし、ホームページではプチ小説の他、クラリネット日誌(クラリネットのレッスンの報告)、読書感想文を思う存分載せて楽しんでいます。最近は不細工だからとあまり載せなかった自分の顔の写真をばんばんホームページに掲載しています。どうやら「ひげ」が気に入られているようです」
「船場君は毛が濃くないからヒゲは無理と思っていたが、そこそこ似合っているんじゃないかな。頬髯がないから立派な髭とは言えないが、鼻ヒゲと顎ヒゲはまあまあかな」
「最近は顎鬚をいじるのが楽しいようです。でもどこまで顎鬚を伸ばすんでしょう。きのう見た時には5センチくらいは伸びていましたよ」
「恐らくこの暑い夏が終わった時点でどうするか決めるだろう。10センチ近くなったらマスクにおさまらないからトレードマークにするのかばっさり切るのかどちらかを選ばなくてはならなくなる」
「そうですか、よくわかりました。船場さんはそんなことを楽しみながら少ないお金を遣り繰って余生を楽しんでおられる、とこういうわけですね」
「まあそういうことだね」