プチ小説「こんにちは、N先生 94」

私はアクションものの映画が好きで特にハリー刑事(クリント・イーストウッド)が活躍するダーティー・ハリー・シリーズが好きでした。他にドイル(ポパイ)刑事(ジーン・ハックマン)が活躍するフレンチ・コネクション、マクレーン刑事(ブルース・ウィリス)が活躍するダイ・ハード、アクセル刑事(エディ・マーフイー)が活躍するビバリーヒルズ・コップもテレビで何度も見ました。勧善懲悪ものの映画ですが、巨大な悪に単身で立ち向かうというのがかっこいいと思ったので映画をより楽しめたのだと思います。ひとりの正義の味方が苦しみながらも何とか活路を見出して一緒に戦ってくれる仲間と問題を解決して行き悪を倒すと言うのが肌に合って、テレビ放映されると聞くとスカッとしたい一心からその時刻にチャンネルをひねった(当時はブラウン管のテレビでした)のだと思います。ディケンズの小説『デイヴィッド・コパフィールド』にも悪党と主人公から言われるユライア・ヒープという人物が登場しデイヴィッドが世話になったウィックフィールド弁護士を罠にはめます。デイヴィッドは友人で弁護士のトラドルズ、ミコーバー氏と共にヒープの悪を暴いて行きますが、この小説もそんな刑事もののアクション映画を見るような楽しみがあると言えます。似たところがありますが刑事もの、アクションもの映画とはちょっと違ったカテゴリーに入る映画が犯罪(クライム)ものと言われる映画だと思います。またミステリーものというもがあってこれは推理小説(もの)にあたるものすべてが含まれるような気がしますが、アクションもの→刑事もの→勧善懲悪というのが刷り込まれた私には犯罪自体が主役のようなミステリーやクライムものというのはなじめない、好きになれない映画(小説)となっています。「レベッカ」という1940年に制作された映画は監督がヒッチコックでヒロインの夫となった人が殺人を犯していないことにするという配慮があり、そういうところは例えレベッカが極悪の女性であったとしても共謀して犯罪を隠蔽するという映画になっていないので少し安心して鑑賞できると思います。よく酷い(金遣いが荒いとか愛人に入れ込むとか)伴侶に悩まされた男性あるいは女性が犯罪を犯し、そのごまかしのために主役の男性あるいは女性が協力を余儀なくされるというのが最近よく見掛ける気がします。私としては犯罪そのものを憎みますから、いろいろ事情があったにせよ一緒になって犯罪の隠蔽をするという映画は好きになれません。例え殺される人が許せない人であってもです。そんなことを考えながら茨木の辯天さんの花火大会を撮影していると、N先生が通りかかり私に声を掛けられました。
「茨木市役所前の広場だともっとよく見えるのになぜ行かないんだい」
「あそこは人が多いので三脚を立てて写真撮影をするのは不可能です。ここなら三脚を立ててあまり人の往来を気にせずに撮影できます」
「まあ、君の場合は花火が視界が開けたところで見られるだけで満足するということではないから、こんな遠くまで来てささやかな画面の写真を撮るしかないわけだ」
「確かにそうですが、眼で見るだけと写真に撮ってホームページにも残せられるというのでは大違いです」
「花火を見るのにはいろいろ楽しみ方があるからね。ところで君は昨日、デュ・モーリアの『レベッカ』を読み終えたようだが、映画と比べてどうだった」
「映画は「懐かしの名作映画 ベストセレクション 25」税抜価格290円というのを購入したのですが、2時間10分の日本語字幕付きの映画がこんな安価で購入できるのは驚きです。「風と共に去りぬ」も一緒に購入してしまいました。「レベッカ」(1940)はヒッチコックが監督していますが、小説と違って安心してヒロインとその夫の苦悩に同情できます」
「なぜ小説の「レベッカ」と違うのかな」
「というのは小説ではレベッカのふしだらな生活態度、金銭感覚、派手な男性関係というのに怒り心頭に発したマキシムは病気で余命がほとんどなくなっていたとは言え、銃で射殺して遺体をレベッカが愛用していた船に閉じ込めて海に沈めてしまいます。でもヒッチコックはそれではヒロインが犯罪に加担したようになると考えたのか、映画では病気が進行して朦朧状態になったレベッカが転倒して硬いものに頭を打ち付けて死ぬ。その後死体をマキシムがレベッカの船に乗せて海に沈めるという流れになっています。死体を遺棄したと言う犯罪はあったのですが、小説のように射殺していないのでヒロインだけでなくマキシムも気の毒だと思わせます。そういう配慮をしたヒッチコックは流石だなと思います」
「それからこの映画にはレベッカやRの活字や生前の彼女の行動が頻繁に登場するが、彼女や彼女の幽霊が現れることはない。そういう意味でも安心して鑑賞できる映画と言える」
「そうですね、ぼくももしかしてオカルト映画のようだったらトイレに行けなくなるかもしれないと思って映画「レベッカ」を見たのですが、そういうことはありませんでした。でも不気味なイメージのデンヴァース夫人は大活躍で、最後のところではジョーン・フォンテインもローレンス・オリヴィエも霞んでしまいました」
「小説の方は楽しめなかったのかな」
「映画でマキシムがヒロインに自分の過ちを告白するところを先に見たので、小説の違和感(マキシムがレベッカを射殺したこと)が強くなったのかもしれません。でもヒッチコックの配慮がなかったら、この映画が後世に残るものになったかどうかと思います。それに厳格でまじめなローレンス・オリヴィエがかっとなって妻を射殺すると言う展開も避けたかった気がします。いろいろありますが、31才の若い女流作家のデュ・モーリアが後世に名を残す大作を残したということは間違いないと思います。もしかしたら女流ミステリー作家の先駆けはデュ・モーリアだったと言えるんじゃないでしょうか」