プチ小説「友人の友人の下宿で」
高月が待ち合せた、京都市バスの福王子バス停に行くとひとりの学生がいた。
 
「吉井さんですね。こんにちは、高月と言います。今日はクラシック音楽を
いい装置で聴いている人がいると友人から聞いて、あつかましくもお邪魔
させてもらいました」
「ああ、あなたが加藤君たちのクラスメイトの高月さんですか、それじゃあ、
ぼくの下宿に行きましょう」
 
「最初に聞いていただくのは、ぼくの大好きなチャイコフスキーの管弦楽曲
テンペストです。スヴェトラーノフ盤で弦楽合奏が厚くて圧倒されますが、
一貫して流れるメロディが美しく親しみやすい曲ですから楽しんでいただけ
ると...」 
「ステレオを聞かしてもらうぼくがリクエストをするのも厚かましいのですが、
できれば、テラーク盤チャイコフスキーの1812年の大砲の音を聞きたいと
思い、楽しみにして来たのですが」 
「お気持ちはよくわかるのですが、残念ながらそのレコードをかけることは
できません」 
「でも、そのS字型のアームを持つレコードプレーヤーはそのために買ったん
では…」 
「確かにそうなんですけど、やはりこれをかけると近隣に迷惑がかかるので…。
テンペストも迫力がある曲なので、楽しんでもらえると思いますよ」
 
「どうでしたか、テンペストは。残念ながら、ハードにお金を注ぎ込んで
しまったため、レコードは余りありません。それにぼくは他の音楽も聞くので、
クラシックのレコードは少しなんですよ。卒業したら、もう少し装置もグレード
アップしたいし、クラシックのレコードも買おうと思うのですが」 
「今日は心に残るレコードを聞かせてもらって、感謝します。飽食よりかは、
こっちのほうがずっといいと思います」 
「そう言ってくれるとうれしいな。昼からはバイトがあるので、バス停まで
送りますよ。なんなら、一緒に昼食を食べましょう」