プチ小説「クラシック音楽の四方山話 宇宙人編 51」
福居はしがない生活を送っていたが、夏から秋に掛けて一度は近隣の県でもいいから名所を訪れて思いっ切り写真を撮りたいと考えていた。しかしながら泊りがけで行くお金の工面が出来ず、今年は近場の奈良に行くことにした。午前中に訪れた室生寺では親切な女子大生と出会って楽しい時間を過ごしたが、午後からは彼女と別れ長谷寺に行くことにした。近鉄長谷寺駅で下車したのが午後2時頃だったので、町中を歩きながら腕時計(温度計が搭載されている)を見ると38度だった。
<長谷寺まで1キロ歩くしかないようだな。でも帰りはこの階段と坂道は堪えるだろうな>
福居がそう思って、坂道を下っていると信号の手前でしゃがみ込んでいる男性がいた。その男性は脱水症状を起こしたのか顔が乾燥梅干しのようになっていて、唇は塩が吹いていた。よく見ないとわからなかったが、それはM29800星雲からやって来た宇宙人だった。
「谷さん、こんなところでしゃがみこまれて、どうかされたんですか」
「地球の夏がこんな熱いなんて。おかーちゃんに近くまで宇宙船で送ってもろたんやけど、財布を忘れてしもうて水が買えんで困っとるんよ」
「じゃあ、そこの自販機で水を買いましょう」
M29800星雲からやって来た宇宙人が立て続けに500ccのペットボトルを3本飲んだのに福居は驚いたが、水を飲むと復活したようで顔もいつものような脂ぎった顔に戻った。
「そやけど地球の夏はこんなに暑かったかしら」
「いいえ、今年は数年ぶりの猛暑のようですよ。猛暑日が続くという年が毎年になり、近畿地方も40度以上を記録する日も近いかもしれません」
宇宙人のお腹がぐうううっと物凄い音を鳴らしたので、門前商店街に通りかかったことに気付いた福居は何か食べますかと言った。
「あんたが貧乏やというのはわしは知っとるから、三輪そうめんセットが食べたいとは言わんよ。でもよもぎうどんというのはどんなんやろね」
「きっとよもぎが麺に練り込んであるんでしょうね」
「隣の店ではよもぎ餅と栃餅を売っているけど、栃うどんと言うのがあったら希少価値があるから食べたいね」
「そうですか、よもぎうどんというのも珍しいと思うんですが、谷さんは栃うどんが食べたいんですね」
「そうやねん、栃の実とつぶあんが麺に練り込んであったら最高やね」
「もしそんなんが出来たとしても、手間がたいへんだから三輪そうめんセットの方が安いと思いますよ。第一お汁はどうするんですか」
「餡雑煮をするところは汁は白みそと言うから、それがええんとちゃう」
「谷さんはうどんがいいのかもしれませんが、予算の都合でよもぎ餅と栃餅にします。山門の前に休憩所がありますから、そこで食べましょう」
「3個ずつもらえるんやね。ありがとね」
「いえいえ、でも今日は暑いし一緒に行ってくれる人がいて良かったです。話が弾むと足取りも軽くなりますから」
「ところで今日もクラシックの話をしてくれへん」
「いいですよ、じゃあ、今日は、暑い暑いと言ってばかりでは身体に良くありませんから、涼を呼ぶ音楽をいくつか上げてみたいと思います」
「シベリウスとかグリーグとか北欧の音楽かな」
「そうですね、ロシアは涼を呼ぶと言うより寒さが厳しいところというイメージですから。それから他の作曲家の曲もあげたいと思います」
「まずはシベリウスかな」
「そうですね、人の感じ方はそれぞれですが、私は交響曲は第2番や第7番より第1番と第5番が涼を呼ぶと思います」
「管弦楽曲やったら、「トゥオネラの白鳥」ええね」
「カレリア組曲の第2曲も涼を呼ぶと思います。次にグリーグですが、やはり「ペール・ギュント」がまず思い浮かびます」
「「オーゼの死」とか「ソルヴェイグの歌」とかは心に沁みるね」
福居はいつもと違う違和感を感じて、黙り込んだ。
「あんた、どないかしたん」
「いいえ、いつも谷さんはカタカナ表記なのになぜ今日は一般表記なんかなと」
「ははは、あんたようやく気付いたんか。ただ船場が暑さでぼうっとしていただけやがな」
「そうですか、それじゃあ、いつもの通りにして下さい」
「シベリウストグリーグノホカノリョウヲヨブオンガクトイウノハナンヤノ」
「山登りは涼を呼ぶと思うので、リヒャルト・シュトラウスの「アルプス交響曲」ですが、海の方はヴォーン・ウィリアムズの「海の交響曲」と言うのがあるようです。でも聞いたことがないので、「グリーンスリーヴスによる幻想曲」を推薦することにします」
「フルートトハープノデダシガリョウヲヨブネ、ホカニハナイノ」
「後は花火でしょうか。となるとヘンデルの王宮の花火の音楽になります。私はストコフスキーの花火の音入りのレコードが好きなのですが、CDではカットされているようです」
「デモユーチューブデヤッタラハナビノオトモキケルカラ、ワシハヨクキクヨ」