プチ小説「いちびりのおっさんのぷち話 ヤギ髭よさらば編」
小椋佳さんが作られた曲に「さらば青春」という曲があって「大いなる旅路」の次にわしは好きな曲なんやが、その歌詞の中にある「黒い水」や「黒い犬」は人間が抗ってもどうすることもできない、ただ傍観することしかできない大きな激しい流れのことやと思うんや。そういうもんをオブザーバーとして見て何かの知識なんかを得られたらもうけもんやが、なかなかそうはいかない。直撃して大きな痛手を被ることもある。それでもそれを体験したことは苦いものとなっても血肉になるから、有難いものとして胸に留めといたらええよと言っているように思うんや。わしもそんな体験をいくつかして来た。学生時代の学力のなさ、体力のなさ、音楽的素養のなさなんかは抗おうにも力がなく、正面から竹で突かれたカエルのように仰向けになって倒れたもんやった。それでもそれは一時のことと思うて次の日はケロッとして頑張って来たんやが、機会をうまく捉えて波にうまく乗ってやって来たとは決して言えんわしの人生やった。まだ6割くらいしか行ってへんと思うんやが、これからわしの人生が良くなる可能性がちょびっとでもあるんならそういう機会を捕らえて生かすのに今まで以上に敏感になろと思うとる。ちゅーても、仕事を止めてしもうた今となっては訴える場がないからどないしたらええのかなと思う。町中を歩いていて突然ええ考えが浮かんでも、聞いてくれる人がおらんし大きな声で叫んだら怪しまれるだけや。いつまでも話を聞いてもらおうと思うたら、ずっと働いているかええ友達を持ってるか何かの団体に所属してリーダーとなるかみんながあっと驚くようなことをして尊敬を集めるかやと思う。船場にはええ友達はおるようやけど仕事を止めたし団体のリーダーなんちゅうガラやない。ほんであいつは、ぼく、ヒゲでみんなをビックリさせるんですちゅうて鼻と顎の髭を伸ばし始めよったが、顎ヒゲは10センチほどまで伸びたのにマスクからはみ出てかっこ悪いちゅーてバッサリ切ってしまいよった。わしは顎ヒゲを30センチくらい伸ばして三つ編みにしたりおさげ(おさげ髭?)にしてくれると期待しとったのにがっかりや。まああいつは頬髯がほとんど生えとらんし毛が濃い方ではないから無理なんかもしれん。ブラームスやオーソン・ウェルズみたいに生えとったら、おさげ髭をやってみよかなと思うたかもしれへんけど船場の髭やったら難しいやろな。髭は個性で薄い場合も薄いなりに何とかなるもんですとあいつ強がっとったけど、ヨハン・シュトラウス2世とかニーチェのように鼻ヒゲでみんなを楽しませようと考えてるんやろか。ちょっと訊いてみたろ。おーい、船場ーっ、おるかー。はいはい、私が今後どのようなおもろいことをヒゲでするかということですね。そうや、イプセンみたいな頬ヒゲは無理かもしれんけど、ドビュッシーやチャイコフスキーみたいにはできるんとちゃうか。そうですね、でも彼らのような髭だったら、ダンディやわと言われることはできても大爆笑はもらえないですね。ほたら、あんた、どうすんのん。ぼくよりにいさんの方がようけ面白いこと考えているのと違うのですか。そらちょびっとは考えとるけど。じゃあ、それを聞かせてください。そんなことできるんですかというのも今回は認めます。それやったら、三つ編みやおさげ髭が無理やったら、リボンを付けたらどうや。うーん、それは誰もが考えつきますね。ぼくだったら、油や糊で固めて先っちょに千羽鶴を何羽がぶら下げますね。もちろんあまり大きいと邪魔なので1センチくらいのやつを。そうか紙製のもんやったら軽いからフィットするかもしらん。七夕飾りに紙製の飾りがあるからそのミニチュアも一緒に付けたらええんとちゃう。願い事を書いた札も付けたらええねん。「早く有名になれますように」とか書いてな。ところでにいさんは小椋佳さんが好きなんですか。わしはどちらかというと叙情派フォークが好きやから、小椋佳さんは聞かん。でもな、「大いなる旅路」はうちの親父が国鉄職員やった時にこのドラマをよう見てたから、主題歌を聞くと当時を思い出して目頭が熱くなるんよ。他のフォーク歌手はどなたが好きですか。井上陽水さんや甲斐よしひろさんも聞いたけどやっぱり、かぐや姫、南こうせつさん、風やね。でもこうせつさんと風はサードアルバムくらいまでかな。こういう一芸に秀でた人等もずっとコンスタントにすばらしい作品を生み出しているわけやないから、わしらみたいな凡人はたまにヒットを打つだけでも有難がられるんとちゃう。そう考えたら、もっとリラックスしてええ仕事ができるかもしれんよ。