プチ小説「いちびりのおっさんのぷち話 東京は好きだけど編」

わしは中学生の時に家族旅行で東京に行って、皇居と東京タワーを訪れたことを覚えてる。それから浅草や上野公園にも行った気がする。家族旅行のコースはいつも母親が立てていて取りこぼしがないようにしとったから、東京の観光名所は押さえていたと思う。今なら、新宿、渋谷、スカイツリーが人気のスポットやが、あまりに大きくなりすぎていて渋谷やと見るのに1週間かかりそうや。皇居で二重橋見て、浅草で雷門の提灯見て、東京タワー登って高いところから東京を見て帰って来るというのでは満足できなくなったんや。わしも築地で(豊洲へはまだ行ったことがない)マグロを食べたり、名園と呼ばれている六義園に行ったり、月島でもんじゃ焼きを食べたりするが、ただ行って見るだけでなく、そこで写真を撮って回ったり美味しいものを食べるというのがないと物足りん気がする。家族でわいわい言いながら名所を回るんでなくなったから、一人で旅することがほとんどやから、名所に行って記念写真を撮るだけでは満足できなくなってしもうたんやと思う。しゃーないから、マグロでも食おうか、もんじゃ焼きでも食おうかというのが本音とちゃうやろか。船場は1994年にレコードマップを購入して東京で中古レコード漁りを始めてから、名曲喫茶に入り浸ったり古書を探したりして東京が身近に感じられるようになったみたいや。もともと船場は英米文学を集中して読むような人間ではなかったけど神田の古書街に足を伸ばすようになってそのあと風光書房にしばしば行くようになって店主からおもろい話を聞いてディケンズの長編小説や海外小説に親しむようになったんやった。クラシックレコード鑑賞も名曲喫茶ライオンや名曲喫茶ヴィオロンのあたかも目の前で演奏されているような音で聞くことができたから、自宅の装置よりずっと素晴らしい音で名盤を聞きたいという願望が出て来て名盤を買い漁って時間が許す限り名曲喫茶ライオンに行っとったようや。名曲喫茶ライオンに夜8時前に行って閉店までおったことも数回あるみたいや。中古レコード店も新宿、渋谷だけでなく池袋、神田なんかもよう行ったみたいや。今は効率的に回らんとあかん言うて新宿のディスクユニオンだけになったけど、いろんなところに行けたらもっとええのんが見つかったかもしれんのに惜しいことや。そやけど船場にとって東京に行きたい気持ちが削がれた一番の原因は手頃な値段で快適やった東急ホテルがなくなったことやけど、大森、愛宕山の東急ホテルをよう利用しとったのにコロナ禍の時に両方ともなくなってしもうた。今は吉祥寺まで行かんと東急ホテルはない。船場は今でも3ヶ月ごとにLPレコードコンサートを開催するから、年に4回は東京に行っとる。そやけど名曲喫茶ライオンの開店が午後1時になったんで、LPレコードコンサートの前に行くことができなくなったんですと嘆いとったし、LPレコードコンサートも2時間と以前の半分の時間になってしもうたんでプログラムが作りにくいと言うとった。わしはだらだらと長い時間催しをするより、クラシック音楽の精髄みたいなんをちらっと見せる(聞かせる)だけでええんとちゃうんと言って慰めたったんやが、あいつどう思うとるんやろ。ちょっと訊いてみたろ。おーい、船場ーっ、おるかー。はいはい、にいさんはいろいろ原因があって私が東京に行ってもええことがないことを憂慮してくださってるんですね。そうや、高い金つこうてもええことがないんやったら、爪に火をともす生活をしとるし行くのをやめるとか回数を減らすかしたらどうかと思うんや。そうですね、それで他の有意義なことをしたり生活費に当てたらいいという考えは正しいです。でもぼくはもともと辺境の地大阪で偏った考え方しかできなかった人間です。それが何とかまともになったのは東京で大阪では出来なかった体験ができたからだと思っています。名曲喫茶ライオンの巨大なスピーカーから流れ出す美しい音は私の目を覚まさせたんだと思います。風光書房の店主の本に関する楽しい話は色々な本を読んでみようという気持ちを起こさせました。築地で食べた新鮮な魚はそれほどお金を出さなくてもグルメと呼ばれるものが食べられるんだと思わせました。東京のあちこちの中古レコード店を訪ねて名盤を漁るのは楽しいものでした。2年前までは働いていたので毎回8万円程の予算で1泊2日のLPレコードコンサート前後の東京遠征を楽しみにしていました。ところがコロナ禍が明けてからのLPレコードコンサートは2019年までに開催していたものと大きく変わりました。2時間になったんやろ。でもそれなら内容の濃い物にしたらええんとちゃうん。2時間と言うと2枚のレコードくらいしかかかりません。私の解説を2分位にしてもアンコール曲は5分程になります。希望としては3時間は欲しいです。最近、LPレコードコンサートの前に持参のレコードを掛けてほしいと言われているお客さんをよく目にします。マスターもお客さんを大切にないといけないですから、私が独占する2時間に意味があるのかと思われているような気がします。もしLPレコードコンサートがいつも盛況で10人ほどのお客さんが来店されるのなら歓迎されるのでしょうが、数人ということが多いです。以前はそんなことを考えずに4時間していて、しかも開店前には名曲喫茶ライオンで持ち込みレコードを掛けてもらうことができた。お金があったので、前日から泊まり込んで土曜日の午後は東京のあちこちに出掛けることができた。でも今は以前のように東京遠征を楽しみに待つということがなくなりました。文化的な催しができる場所をマスターから与えてもらえることを感謝しないといけないと思いますが、このままでは続けるのは難しいと思います。今まで76回開催できたのだから、それを有難いことだったとよい思い出を残してこれからは年に1、2回名曲喫茶ライオンか名曲喫茶ヴィオロンを訪ねるだけにするということもありかなと最近は考えています。そうか、でもあんたがこれまで東京に行くことを続けられたのはLPレコードコンサートがあったから、つまり待ち望んでいる人がいたからやとわしは思う。そんなに思い詰めんと細かいことを気にせんと続けた方がええと思うけどな。もちろん私もそう思ってますが、にいさんにやるせない悩みを聞いてほしかったんです。そしたら気い取り直して引き続き頑張ることやな。