プチ小説「こんにちは、N先生 95」

私は中秋の名月と聞くと月見団子が食べたくなるのですが、百貨店で売られている月見団子はねりあんが少し(全体の3分の1ほど)でちょんまげのようにあんが乗っただけでも1個3~400円取られることがあります。それで百貨店の月見団子は諦めて最寄りの駅近くの和菓子屋さんで購入することになりますが、今日は午後5時過ぎだったのでまだ月見団子が残っていました。1個140円だったので6個パックを買いました。代金を支払っていると、N先生が店に入って来られ2個パックを購入されました。先生が、君はようやく『風と共に去りぬ』を読み終えたようだが、どうだったと尋ねられたので最近よく利用するとんかつ屋で腰を据えて話すことにしました。なにせハードカヴァー2段で3巻もありましたから。先生は、これで充分とトンカツ定食にされましたが、特製ソース中毒の私はトンカツ3人前とタダ券でコロッケも注文してしまいました。先生は、そんなに食べてしまっては肉が着き放題になるんじゃないのかと窘められましたが、私はそれについては何も言いませんでした。
「中学生の頃にタラのテーマを聞いて以来、この映画が見たくなりそれは高校生の頃に叶えられましたが、文庫本で5冊、単行本で2段3冊の原作を読むことはなかなかできませんでした。通っていた予備校の有名な英語の先生が授業の中で『風と共に去りぬ』の大久保訳は良くないという話していたことが頭の片隅に残っていて、全部購入すると4000円以上するものをあえて購入する気になりませんでした」
「それでもそれを読む気になったのはなぜかな」
「2ヶ月ほど前の大久保訳『レベッカ』を読んで読みやすかったので、大久保訳の米文学を読んでみようかなと思いました。予備校の先生の言いつけを守って大久保訳のヘミングウェイも『老人と海』しか読んでませんし、この本も先入観があって読まなかったのです」
「でも大作だから読むのに時間がかかったんじゃないのかな」
「5週間くらいです。事前に映画を見ておいたので読むのが捗りました」
「で、内容はどうだった」
「いろいろ考えさせられる小説でした」
「南北戦争の様子がリアルに書かれているからかな」
「ぼくは南部(南軍)寄りの言及、贔屓の政党の礼賛、奴隷問題への偏った考え方があるので、中立的な立場で描かれた歴史小説には当たらないと思います」
「じゃあ、恋愛小説としてはどうだった」
「一般的には、スカーレットがアシュレを含めると4人の男性と恋愛してそれぞれどうなったかというところでしょが、よく分からずに結婚して子供を作ったチャールズの他は恋愛と言うよりスカーレットのいじめに耐え切れずに白旗を上げて退散した経緯の記録という感じがしました」
「順番に聞こうかな。まずはスカーレットがタラの窮地(高額の税金)を救うために結婚したフランク・ケネディ。スカーレットの妹のスエレンと長い付き合いをしていたのだろ」
「そういうことがあったのでスエレンは他の人と付き合っているといううその手紙を送りフランクを騙して結婚させました。そうして自分の夫としたのですが、アシュレと比較して劣ると仕事の不出来をなじります。二人の間にエラという女の子ができましたが、愛情は冷めて行くばかりでした。スカーレットは仕事に励みますが、ある日スカーレットはアトランタのスラム街をひとり馬車で走っていて、浮浪者に襲われます。暴行されたことが明らかだったので、白人の自衛組織に所属していたフランクはアシュレと共に仕返しに行きます。しかし争いごとに慣れていないフランクは返り討ちにされて亡くなります。スカーレットの不用意な行動がフランクを死に至らしめたと周りの人から責められますが、スカーレットは動ぜず、レット・バトラーからのプロポーズに応えて間髪入れずに結婚します」
「厄介払いが出来て、しかもすぐに結婚出来て良かったとスカーレットは思っただろうね」
「レットは自由に生きて来たので、スカーレットの攻撃?を巧みに躱すことができると思っていましたが、一人目の子供が出来てすぐに二人目は絶対作らないベッドも共にしないとスカーレットが宣言したり、妊婦であるのにそのことを告げずにレットと大げんかをして階段の最上段から転げ落ちて流産したり、二人の間にできた愛娘ボニーが危険な乗馬をしているのを見ていて自分の父ジェラルドが事故に遭ったというつらい経験があるのに注意しようとせず落馬で死なせたり。レットが心を痛めつけるようなことがスカーレットの思い通りに為されました。そういうことがあってそれまでエネルギッシュにいろんな仕事、ある時は法律違反になるような仕事や危険な仕事をこなして来たレットは何をするのも嫌になり自分を慰めてくれるベルの家に頻繁に行くようになり酒びたりになりました。そうして45才の人生の頂点に立つべき時に中年太りでだらしなくなり、スカーレットから離れて人生をやり直そうと考えたのでした」
「でもスカーレットは許してくれなかった。最後にレットは引導を渡す発言をしているが、スカーレットはタラで作戦を練ったらうまく行き、レットは帰って来ると思っている」
「フランクとレット以上に気の毒だったのはアシュレでした。彼は妻メラニーがスカーレットに助けられたということがあって、何も言えなかったのです。スカーレットだけでなくメラニーからも反対されるので。ニューヨークの友人のところで銀行員の仕事をしたいと言っても実現しませんでした。そのチャンスを掴んでいたら、きっとメラニーと幸せな人生を送ったでしょう。しかしスカーレットが「工場の管理をしてくれるだれも人がいない。もうすぐ赤ちゃんが生まれる」とアシュレの妻メラニーに訴えてアシュレの夢を打ち砕いてしまいました。最後のところを読むと続編がありそうですが、マーガレット・ミッチェルはこの後49才の時に交通事故で亡くなるまで小説は書いていません。小説を読むと政治や奴隷解放のことで不用意な発言をしているので、続編や他の小説の出版が難しくなったのかなと思ったりします」
「例えば、ディケンズの小説『大いなる遺産』のピップ、モームの小説『人間の絆』のフィリップ、ユゴーの小説『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャン、アレクサンドル・デュマの小説『モンテ・クリスト伯』のエドモン・ダンテスはすべて作者の温かい視線を感じることが出来るが、スカーレットにはマーガレット・ミッチェルの温かい視線がないように感じる。それどころがそこらじゅうにいじめをするスカーレットを四面楚歌にしたり昔親しくしていた人たちから非難を浴びせられたりさせている。もちろん名誉回復の場もない。そんなスカーレットは憎悪を雪だるま式に太らせて行って、もし続編などがあったとしたら好きな人に取り返しのつかない言動を何度も何度も繰り返すような気がする。ほんとに続きがなくて良かったと思っている」
「そうですね、ほんとになくて良かったです」