プチ小説「いちびりのおっさんのぷち話 ニシガワヒロバアリ編」

わしが幼少の頃、7月から9月までは家の外で過ごすことが多かった。家にはくつろげる応接セットがなかったしオーディオ装置もなかったからや。カシオの電卓が出だした当時はインターネットどころかパソコン通信という言葉もなかった。そんな時代やったからたいがいの子供は外で山野を走り回って時間をつぶした。大人が世話するスポーツクラブもなかったから(三角ベースはようやったけど)、子供は一人で筋力をつけて中学校から運動クラブに入って頑張るしかなかった。それに習って、小学校3、4年まではわしを野放しにして自然に触れさせてくれた両親には感謝しとる。自然に触れるということで思い浮かぶのは、1.山や川や海に出掛ける。2.植物採集をする。3.昆虫採集をする。というのが主なものとちゃうやろか。そやけどわしの家は貧乏やったから、富士登山とか奄美大島の海にもぐるとか木曽川で鵜飼を鑑賞するとかの余裕はなかった。植物採集は今やったら少しは花の名前がわかるけど当時はちゃんと名前が言えるのはひまわり、朝顔、たんぽぽくらいで、桔梗と茄子の花の区別がつかんかったし、椿と山茶花は同じ花やと思っとった。そんな知識やったから植物採集をすることはなかった。それでも昆虫採集はようやった。特にわしの家の近くにポプラ並木があってそこにニイニイゼミとアブラゼミがとまって鳴いとった。ニイニイゼミは大人の耳に聞こえん周波数で鳴くから聞こえんしアブラゼミはクマゼミに追いやられてしもうたから、梅雨明けはシャカシャカ鳴くクマゼミの天下や。他にミンミンゼミもおるけどわしはアブラゼミとの区別(もちろん鳴き声やで)がつかん。蝉取りの他にようやったんが、ヤンマ釣りやった。セイタカアワダチソウを80センチくらいに切って先にタコ糸をつけて反対の先にギンヤンマのメスをつけて頭の上でグルグル回して下心があってやってくるギンヤンマのオスを網で捕まえるんやが、なかなかメスが捕まらんから、直接網でギンヤンマを捕まえることの方が多かった。それでもいつもタコ糸は持っていたと思う。蝶はモンシロチョウ、モンキチョウ、ルリシジミ、アゲハチョウ、クロアゲハ、アオスジアゲハなどが飛んどったが、蝉取りやヤンマ釣りほど夢中にならんかった。セミやったら木ィ、トンボやったら用水路か池に行ったらたいがいおったけど、蝶は取りに行こうということになったら、始終緊張して身構えてなあかん。多分、落ち着きがなかったわしはそんなしんどいのはいややなーと考えて、蝶の採取はやらんかったのやろう。船場は社会人になってすぐにマクロレンズを購入して、京都府立植物園なんかで花の写真をようけ撮ったみたいやが、あいつ昆虫の写真は全然撮っとらんようや。あいつはどんくさいし持久力がないから暑い中出掛けるのはしんどいと思うて昆虫写真を撮らへんのやろけど本当のところはどう思っとるんか訊いてみたろ。おーい、船場ーっ、おるかー。はいはい、にいさんはなんで私が昆虫の写真を撮らへんのかと思うてはるんですね。一番の理由はにいさんが言われるようにどんくさいからということになるでしょう。昆虫は動きが早くて追っかけるのが大変です。今でこそ肥溜めというのはありませんが、夢中で撮影していて高所から転落して骨折する、アキレス腱などを切るというのは起こりうることです。私が昆虫を撮らないで植物を撮るのはじっくり構えてゆっくり構図を考えて撮影できるからです。そっと蝶に近付いて携帯用のデジタルカメラでピントぴったりの写真を撮る小学生が写真撮影しているのをテレビで見たことがありますが、羨ましいと思う反面それでは背景が蝶任せになってしまうんじゃないかと思います。背景も大事だと思うんです。じっとしていないということともう一つの難点は昆虫たちが小さいことです。ピントを合わせるのも一苦労です。私はオリンパスOM1用のマクロレンズとニコンD90用のマクロレンズを持っていて、前者は銀板カメラ用で手動、後者がデジタルで自動焦点です。自動といっても一度軽くシャッターボタンを押す必要があり、そうこうしている間に昆虫は遠くへ行ってしまいます。ほたらあんたは昆虫写真は撮らんのか。相当な出会いというものがないと無理ですね。まず何でもいいのですが接写ができるカメラを持っていて、すぐに撮影できる準備ができてないと撮ることは叶いません。それからもちろん撮りたいと思う昆虫が出現することです。普通、撮影でウロウロしている場合は広角、標準、望遠のいずれかのレンズを装着していて、接写レンズをつけているのは植物園内をウロウロする時くらいです。昆虫撮影目的で接写レンズをつけてうろうろしたことはありません。それでも昨日いろいろな条件がクリアできて昆虫を撮影できました。スマホで撮影した写真を拡大(トリミング)してみるとピントがあっていて、ちょっとかわいく撮影できているのです。どんな感じで撮影したんや。私は母校立命館大学図書館に週に3、4回行っていますが、開講中は西側広場近くのお弁当屋さんで弁当を購入して西側広場で食べます。昨日は味噌カツ弁当を購入して食べ始めたのですが、テーブルに味噌カツのソースがついてしまいました。ポケットティッシュで拭いたのですが、近くにいたありが拭き取ったソースのところで何かいいものを見つけた様子でその周りをぐるぐる回り出したのです。そしてうっすら残ったソースを嘗め始めたのでした。私はキャベツにソースが付いた小さな欠片をアリの前に置いたところしばらくしてそれを貪るように食べ始めたのです。なるほど、船場はそれが愛らしいと思うたんや。そうなんです、キャベツの破片が突然前に置かれた時には、これ食べたいけど大丈夫やろかと首を傾けて悩んでいるように見えました。こういう昆虫はちゃっちゃと動くことはなくじっくり撮影できる気がします。私にピッタリだと思います。そうか、そんなありさんや他の昆虫が出現することはあまりないやろけど、またおもろいやつが現れたらスマホとかで撮影したらええんとちゃう。もちろんそのつもりです。