プチ小説「西洋文学の四方山話 宇宙人編 5」
福居は先週立命館大学校内の西側広場で焼売、餃子、エビチリ入り中華弁当を食べられなかったが今週は食べるぞと思って阪急電車の京都方面行きのホームに上がると、ベンチでM29800星雲からやって来た宇宙人が翠色の布製のハードカヴァーの本を読んでいるのが見えた。集英社版世界文学全集より一回り小さな本だとわかった福居は、当てずっぽうで書名を言ってみた。
「その本はもしかしたらスコットの『アイヴァンホー』ではないですか」
「ピンポーン。ソヤケドアンタハコノソウテイノホカノホンモモットルヤロ」
「ええ、河出版世界文学全集だったら、他にはレマルク『凱旋門』、ジョイス『ユリシーズ』も読みましたが、この二つはよく理解できませんでした。特に『ユリシーズ』の最後の章は句読点のない独特の文体でとても読めません。他の翻訳家(伊東整氏など)はそんな翻訳をしなかったのに、なぜ丸谷才一氏がわかりにくくされたのかわかりません。最後が理解できなければ全体を理解するのは難しいです」
「ソウヤネ、トコロデ『アイヴァンホー』ハドウヤッタン」
「騎士道の文学でサクソン王国の再建を目指すセドリックの息子剣豪ウィルフレッド(アイヴァンホー)とロウィーナ姫との恋と冒険の物語です。読んでから5年以上経過したので今では何も残っていませんがとにかく楽しんで読みました」
「アンタ、ソウイウノガオオイノトチャウン」
「そうですね、たくさん読んだイギリス文学にはそういうのがたくさんあります。スターン『トリストラム・シャンディ』の内容もいまいちわかりませんでした。『ロビンソン・クルーソー』まだ読んでいませんが、スウィフト『ガリヴァー旅行記』は中野好夫訳で読んでいますが理解を深めるために出来れば他の人の翻訳(岩波文庫)で読んでみたいと思っています」
「オースティンハ『ジフトヘンケン』イガイニヨンドランノカ」
「『マンスフィールド・パーク』(臼田昭訳 集英社)を読みましたが...オースティンの小説は大きな出来事が起きないので読んだことを証明するのは難しいです。近所の人と劇の練習をしていた記憶がうっすらとありますが。『自負と偏見』にしても物語を急展開させる手紙以外には特にこれといった場面がないと思います」
「ジョリュウショウセツカハホカニオランカ」
「シャーロット・ブロンテ『ジェーン・エア』は小池滋訳を読みました。ドラマチックなので好きな作品です。一方エミリー・ブロンテの『嵐が丘』はヒースクリフの異常な性格について行けません。田中西二郎訳を読んでいます。ジョージ・エリオット『サイラス・マーナー』を浪人生の時に読んで感動したことを覚えています。この小説は好きな作品なので何度か読み直しました。これとまったく異質なのが、『ミドルマーチ』(工藤好美訳 講談社)です。虚仮にされた老教授が可哀そうです。もしぼくが20代だったとしても、このずる賢い若者が美味しい思いをする小説に喝采するかどうかは疑わしいです。読んだ後とても不快だった記憶があります。古本の『フロス河畔の水車場』を買っていたのですが、『ミドルマーチ』を読んで他のジョージ・エリオットの小説を読む気がしなくなりました」
「マアトウジョウジンブツニイレコムキモチハリカイデキルケド、ホドホドニネ」
「スコットは他に『ケニルワースの城』を読みましたが、『アイヴァンホー』ほどわくわくしませんでした。エリザベス一世が活躍するこの小説は騎士道小説ではなく肩透かしを食った気がしました」
「サイゴノトコロデタタカイガアルトオモッタノニナカッタンヤネ」
「記憶が定かでないのですが、それでがっかりした記憶があります。そういうこともあって中野好夫訳『アイヴァンホー』と朱牟田夏雄訳『ケニルワースの城』のどちらが良かったかとなると中野先生に軍配を上げたいですね」
「モノガタリノナイヨウモアルカラネ。ワシモヨンダケド『ケニルワースノシロ』ハアンマリオモロナカッタヨ。シュムタヤクヤッタラ『トリストラム・シャンディ』ノホカニパール・バック『ダイチ』トカアルケドナ」
「いえいえ、朱牟田夏雄訳で私が好きなのはフィールディング『トム・ジョウンズ』です。面白いので3回読み直しています。よく言われるピカレスク小説のエッセンスがこの小説にはあります。破天荒な主人公の行動には印象に残るシーンが多いです。『ジョゼフ・アンドルーズ』も読んでみようとしたのですが無理でした。朱牟田訳のモームの短編集は読んでみたいと思っています」
「モームヤッタラ『ランベスノライザ』(北星堂 新潮文庫は田中西二郎訳)トイウノガアルヨ」
「モームの初期の代表作で、一度読んだことがあります。産婦人科研修医の主人公が貧民街ランベスで人気者のコックニー訛りのライザと知り合いになります。彼女は妊娠していましたが、何かで近所の人と大げんかとなり妊娠していた彼女の致命傷となり亡くなるという悲惨な小説だったのを覚えています」
「エイブンガクノホカノサクヒンハナイノカ」
「パール・バック『大地』は朱牟田夏雄訳で読んでみたいと思っています。小説でまだ読んでいなくて興味があるのはサッカレー『虚栄の市』くらいでしょうか。ホームズ・シリーズとシェイクスピアの作品はだいたい読んでいます。ヴァージニア・ウルフはよくわかりませんでした。難解と言われるT.S.エリオットは多分読まないと思います。イギリス文学の小説部門ではやはりディケンズがファーストチョイスではないでしょうか。『大いなる遺産』『オリヴァー・トゥイスト』『二都物語』『デイヴィッド・コパフィールド』『クリスマス・カロル』を読んで面白そうだから他のイギリス文学を読んでみたいと思われたなら、モーム『人間の絆』、オースティン『自負と偏見』、フィールディング『トム・ジョウンズ』なんかを読まれればイギリス文学についてさらに興味が広がると私は思います」
「ソウヤネ、マズハ『オオイナルイサン』ヤネ」