プチ小説「こんにちは、N先生 101」
私は年に4回東京阿佐ヶ谷の名曲喫茶ヴィオロンでLPレコードコンサートを開催していて、12月の開催の時には泊りがけで東京に行きます。1日目にLPレコードコンサートを開催して、2日目は浅草の紀文堂に行き人形焼きを親戚のところへ発送するよう依頼し、その後はもすけでもんじゃ焼きを食べて名曲喫茶ライオンに行きます。もすけの入口で順番を待っていると後ろから声が掛かりました。それはN先生でした。
「君ももんじゃ焼きが好きなのかな。そうか、じゃあ、ぼくも久しぶりに食べたくなったから一緒に食べようか」
N先生は明太子チーズもんじゃにもちとげそのトッピング、私は明太子もちもんじゃにチーズ、ジャガイモ、塩辛、あさり、たこのトッピングを頼みました。
「100回できりがいいから「こんにちは、N先生」は終わりかなと思っていたけど、これからも続くんだね」
「こうして先生のことを思い出しながらこの小説を書いていると楽しい気分になって来るので、それを終わりにしてしまうのはもったいない気がします。これからもご指導のほどよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく。ところで君はようやくシュテファン・ツヴァイクが書いた伝記小説『マゼラン』(ツヴァイク全集16)を読み終えたようだがどうだった。一緒にあった「アメリゴ」も興味深かっただろ」
「私はどうしてもこの本が読みたかったのですが、なかなか単品で入手できず全集全19巻を7年程前に購入しました。ツヴァイクの伝記小説は会話文がなくツヴァイクの所感が延々と続く小説なので、なかなか読む気が起きませんでした。いままでに『ジョゼフ・フーシェ』と『マリー・アントワネット』を読みましたが、世界史で習ったフランス革命の知識しかないのであまり理解できませんでした。機会があれば読み直したいと思っています」
「全集を持っているのなら、『エラスムスの勝利と悲劇』や自伝の『昨日の世界』も面白いから読むといい」
「そう言えば風光書房の店主Sさんも『昨日の世界』は面白いと言われていました」
「で、まずはマゼランだが、君はなぜ彼の伝記を読みたいと思ったのかな」
「私は大学受験で世界史を選択したためにたくさんの印象的な人物の名前を知りました。列挙しますとギリシアが栄えていた頃ではホメロス、三大悲劇詩人(アイスキュロス、ソフォクレス、エウリピデス)、ローマが栄えていた頃はウェルギリウスそれから時代が進んで『ガリヴァー旅行記』以降の英仏独露の小説家などに興味を持ち読みたい作品を読んできました。また15世紀から16世紀の間の大航海時代に活躍した人たちにも興味があって、学術書や伝記ではなく小説で当時活躍した偉人の業績を読めないかと思っていました。そうしてある日神田の古書街を歩いていてツヴァイク全集に『マゼラン』があることを知ったのです」
「なかなか読む気が起きなかったようだが、読んで面白かったかい」
「とにかく知りたいことがすべて書かれてあって、ツヴァイクは流石だなと思いました」
「どんなことが知りたかったのかな」
「誰でも知りたいと思うのは大きな船5艘の十分な装備で大きな期待を背負って出掛けたのに、なぜマゼランが途中で原住民に殺害されビクトリア号1艘だけになって帰って来たのかということです。マゼランは5つの船(サン・アントニオ、トリニダッド、コンセプシオン、ビクトリア、サン・ティアゴ)をまとめる提督であったのになぜ4艘の船が脱落したのかなと思いました。マゼランは出生地がポルトガルですが、スペイン王の命を受けて西回りで世界一周の偉業を果たそうとした人です。大航海時代となった切っ掛けはインド及びそれより西の地域に行くためにはアラビア等の地域を陸路で通らざるを得ず高い通行料を取られたので、別の経路で東域に行けないかと考えたからでした。当時はまだ地球は平面であるとほとんど人が考えていて一周回って元に戻れると考える人はほとんどいなかったようですが、マゼランは一周して戻れるという信念を持ってスペインのために出航しました」
「そうしてたくさんの困難を乗り越えた」
「ポルトガル出身だったので、出航した時からスペインの人たちとは馬が合わなかったようです。それでひとつの目標「地球は丸いこと」を信じてみんなで頑張ろうとならなかったようです。リオ・デ・ジャネイロまでは難なく行きましたが、そのあとはどこまで行っても陸続きで西に進めない冬がやって来て南極の方には行けないということで、提督マゼランへの造反がはじまり職場放棄をする船長が出て来ました。マゼランの考えは少数意見で、船長はみんな先には行かないで引き上げたいと考えていました。そうして暴動が起きてこのままでは航海を続けられないと考えたマゼランは、暴動を主導した二人(ケサダとメンドーサ)を処刑(むごいかたちの刑罰での)を課しました。その後も現在マゼラン海峡と呼ばれている海域で船が沈没しそうになったりしますが、何とか現在のフィリピン辺りまでやって来ます。あともう少しでモルッカ海峡に到着する。そこまで行けば問題なく帰られるというところまで行っていたのに、部下が原住民とトラブルを起こし自分たちの戦力を過信したマゼランは少人数で闘い自慢の鎧も役に立たず殺害されていしまいます。しかしマゼランが亡くなったのでここで航海は終わりとならず、たった1艘残されたビクトリア号にマゼランの部下だったセバスティアン・デル・カーノがいてセビーリャに帰ることができ偉業が達成できました」
「セバスティアン・デル・カーノは処刑されたケサダ、メンドーサと共に暴動を起こしたとされ、マゼランが存命して自身で世界一周を達成していたら名前を残すことはなかったと考えられる」
「『マゼラン』の最後の章が「死んだ者が損をする」となっていますが、マゼランが横死して逆に得をしたのが、このセバスティアン・デル・カーノです。200人以上いた乗員が18人になり提督までが帰って来られなかったのに、この男は要領が良い人みたいで帰ってくることが出来たのでした」
「まあでも名を残したのはデル・カーノではなく、5つの船を率いて世界一周を企てたが目前で果たすことが出来なかったマゼランだ。これは実績、航海日誌を見れば明らかだ。ところで「アメリゴ」は誰がアメリカの第1発見者なのかが問題になっているようだね。アメリゴ・ヴェスプッチかコロンブスかで。その理由はアメリゴ・ヴェスプッチの航海日誌やその後の彼の業績の評価の信憑性が問題となっているのが原因のようだ。話をややこしくしているのはアメリゴ・ヴェスプッチとコロンブスが親友だったということだが、まさかコロンブスが、あんた、苦労してるから、アメリカ大陸を発見したお手柄はあんたにやるわ。ほんで、アメリゴを女性名詞にしてアメリカというのを国名にしたらええがなと言わなかったとは思うけどね」
「まあ、でもコロンブスもいろんなエピソードがある人ですから、そういう発言があったと言われても。ふーん、そうなんやで終わりだと思います。それからもしコロンブスがアメリカの第1発見者ということになったら、アメリカがコロンビアになるのかなといらないことを考えてしまいます」