プチ小説「西洋文学の四方山話 宇宙人編 8」

福居は食費を切り詰めて年末年始を過ごさなければならなくなったが、16日ほどを5万円で過ごせるだろうかと思いながら阪急電車の京都方面行きのホームを上がると、ベンチでM29800星雲からやって来た宇宙人が新書サイズの本を2冊手に持って表紙絵を鑑賞していた。弾丸の形の宇宙船と満月が描いてあったので、福居は最近読んだ集英社ヴェルヌ全集第9巻の『月世界旅行』であると思い、
「谷さん、それはもしかしたら『月世界旅行』(鈴木力衛訳)と『月世界探検』(高木進訳)ではないですか」
と声を掛けた。
「ソウヤケド、アンタ、コノホンアンマリオモシロナカッタンチャウノン」
「そうですね、ヴェルヌが月世界旅行の小説を書いたことは大分前から知っていたのですが、長い間読まずにいました」
「ソレハナンデヤノン」
「ガン倶楽部の偉い人が弾丸の大きなのを作ってそこに人が乗り込んで、大きな大砲で発射させれば月面に到達できると考えたということですが、幼い頃からSFのアニメを見てきた私は、仮に弾丸が昔の映画であったように月面に突き刺さったとして、その後どうやって地球に帰るのかなと思いました。確かに弾丸に乗って帰るだけなら操縦席もいらないかもしれませんが、月からどうやって弾丸を発射するのでしょうか」
「ソラ、アンタノユートオリヤケド、ソコハドクシャガオギナッテストーリーヲカンセイサセテモエエントチャウノン」
「作者は月から弾丸を発射させるのは困難と考えて、月には着陸せず、衛星のように月を回っていて不思議な力が働いて地球への落下が始まります。そうしてこれも不思議なことに軌道を外れることなく地球に直進して、安全な大洋の一番深いところに落下するのです。帰還できなかったり大きな事故に遭うという悲劇的な結末で終わるというのは楽しい小説とは言えないですが、乗組員全員が自分の生命も危ないというのに終始和やかな雰囲気で会話を交わし、危険な状態に陥っても不思議な力が働いて安全に地球に帰って来るというのはSF小説というよりユーモア小説のような感じがしました」
「デモコノショウセツガヨニデタオカゲデ、ヨンダヒトガウチュウニキョウミヲモッテロケットノウチアゲニツナガッタンヤトオモウンヨ。ロケットノウチアゲデウチュウニイクトイウノハオオキナタイホウデダンガンヲハッシャサセルノトアマリカワラントオモウヨ」
「そうかもしれませんが、弾丸ではなくてもうちょっとスマートでかっこいい方が良かったと思います」
「ウチュウセンノカッコウハダンガンヤロケットノカタチジャナクテモイイトオモウヨ」
「どんなのがありますか」
「アンタガサイキンヨンダ『銀河ヒッチハイク・ガイド』ノゾクヘン『宇宙の果てのレストラン』ノヒョウシノヒヨコノヨウナカタチデモエトノオキモノノヨウナカタチヲシテイテモコウソクデノイドウガカノウヤッタラ、モンダイハオコランノヨ」
「そうなんですね」
「ダカラアンタガモシSFノショウセツヲカクトキニハコマカイコトニシュウチャクセントコドモニウチュウニキョウミヲモタセルトカ、ヨンダヒトガウチュウジントシタシクシタイトオモウヨウニナルショウセツヲカカントイカンヨ」
「そう考えると『月世界旅行』も『月世界探検』もその役割は果たしているような気はします。宇宙に弾丸で出掛けた人は宇宙の風景を見ながら歓談して、三日ほどしたら無事に帰って来る。しかもみんな英雄としてどこに行っても歓迎されるのなら、わしも行ってみよかなと思うことでしょう」
「ソウヤネン。アンタノイウトオリヤ。ホンデ、アンタモウチュウニイキタクナッタヤロ」
「それはないですね」
「ロマンノナイヒト」