プチ小説「クラシック音楽の四方山話 宇宙人編 59」

福居は年末年始は五社巡り(大晦日の夜から元日の早朝にかけて京都市内の5つの神社(北野天満宮、上賀茂神社、下鴨神社、平安神宮、八坂神社)を巡る)か元日早朝ジョギング(自宅から京阪枚方市駅まで往復)かのどちらかをしたかったが、12月25日の午後から風邪を引き、27日にかかりつけ医を受診したが良くならなかった。友人から葛根湯がよく効くと聞いたので近くの薬局まで自転車で急いでいると、M29800が後ろから走ってやって来て福居の自転車にぴったりとつけた。福居はマスクをしていないので宇宙人に風邪をうつしたら気の毒と思い、そのまま薬局まで自転車を走らせた。薬局で葛根湯とマスクを購入してM29800星雲からやって来た宇宙人のところに行くと宇宙人はご機嫌斜めだった。
「コトシハアンタノタメニイロイロシテアゲタノニ、ツメタインヤネ」
「風邪を引いているので、うつしたら申し訳ないと思って。私の風邪はたちが悪くて咳がなかなか治らないんです」
「ソウナンヤ、デモシンパイセンデエエヨ。ワシハウチュウジンヤカラヨボウセッシュハモウスンドルノヨ」
「でも一応マスクをしてから...これで思う存分話ができます」
福居とM29800星雲からやって来た宇宙人はベンチに腰掛けて話を始めた。
「アンタモショウガツヤトイウノニカゼヒイテタイヘンヤネ」
「心遣い有難うございます。谷さんには日頃からいろいろお世話になっているので、年末にお礼を言う機会が出来て良かったなと思っています。風邪を引いたお陰でお会いできたと」
「マアソウイウテモラエルトウレシイケド、キョウハヒサシブリニアンタカラクラシックノエエハナシヲキカセテクレンカナ」
「もちろんいいですよ。ところで谷さんは苦しくて辛い時に聞きたくなるクラシック音楽ってありますか」
「ワシハベートーヴェンノコブシテクレルヨウナキョクガスキヤネ。ヴァイオリンキョウソウキョクヤチェロ・ソナタダイ1バンナンカキキタクナルネ」
「演奏家はどうですか」
「ハイフェッツヤカザルスハスキヤネ。アンタガスキナンハミュンシュナンヤロ」
「そうなんです。今考えるとミュンシュとの出会いは運命的なものがあった気がします。1978年4月まで遡るのですが、その数日前に国立2期校(その時が最後でした)の発表があり不合格だった私は浪人時代をどう乗り切るかを考えなければなりませんでした。高校時代成績は最低でしたし、頼りになる予備校は授業料がかかるので宅浪しかない。関関同立以外の大学に行く気は全然なかったので、高校時代の成績では1年の浪人では足りないかもと思ったものでした。何かバイトをしながら宅浪をするしかないが、私を励ましてくれる音楽がなければ、乗り切れないと考えていました。しかしフォークソングは高校時代にのめり込みすぎて勉強の妨げになったので駄目でした。同じように歌謡曲、ポップスなども勉強に集中できないのでこれらは大学に入るまでは聞くのはやめようと誓いました。そうすると残るのはジャズとクラシックでした。ジャズはポップスに近いという認識だったので高校時代と同様に勉強に集中できずに墓穴を掘ると考えた私はとりあえずクラシックを勉強する際のBGMにしようと考えたのでした。クラシック音楽が聞ける番組がないかとFM誌を見ていると4月1日(土)午前7時から1時間のクラシック番組がFM大阪であり、ブラームスの交響曲第1番をシャルル・ミュンシュ指揮パリ管弦楽団の47分余りの演奏が聞けるとわかりました」
「ソレマデゼンゼンクラシックオンガクヲキカンカッタアンタガリカイデキタンカ」
「第1楽章は混沌とした音楽なので戸惑いましたが、第2楽章の明るい光が差し込んだ感じと第4楽章の盛り上がりは初めてクラシック音楽を聞いた私でも感動できたのでした。カセットテープに録音したので何度も聞きました。家にステレオがあったのでレコードも聞きたくなり阪急豊津駅近くのレコード屋さんに行きました。そこにはクラシック音楽のレコードがたくさん棚に置いてあり、幸運にもミュンシュ指揮ボストン交響楽団の廉価盤が1300円で売られていたのです。4月から郵便配達のアルバイトを始めたので給料をもらうたびにそのレコード屋さんでミュンシュの廉価盤を購入するようになりました。ブラームスの交響曲第1番はアップテンポでパリ管とかなり違うなあと思いましたが、シューベルト交響曲第9番「ザ・グレイト」、サン=サーンス交響曲第3番「オルガン付き」、フランク交響曲、メンデルスゾーン交響曲第4番「イタリア」他、ベルリオーズ幻想交響曲、ベートーヴェン交響曲第9番「合唱付き」はクラシック初心者でも楽しめるもので、しかも元気づけてくれるすばらしい内容のレコードでした」
「サイキンコウニュウシタシューマンノコウキョウキョクダイ1バン「ハル」モヨカッタンヤロ」
「そうなんです。他にもミュンシュ指揮ボストン交響楽団で購入していない、未完成/運命、メンデルスゾーン交響曲第3番「スコットランド」、ブランデンブルク協奏曲、ビゼー交響曲第1番、ドビュッシー交響詩「海」、ブラームス交響曲第2番と第4番、ベートーヴェン交響曲第3番「英雄」、ワーグナー管弦楽曲集のアナログの外国盤が一つでも多く購入できたらと願っているのです。先週から風邪を引いて困っていたんですが、昨日ミュンシュのアナログレコードを聞いて元気になったので彼のレコードは私にとっては栄養ドリンクみたいなのかもしれません」
「ソウナンヤネ、ソウイウタラ、ブラームス1、グレイト、オルガン付き、シューマン1ハゲンキガデテエエカモシレンネ」
「その通りです。ですからぼくはクラシック音楽を聞きたいなら、まずミュンシュのブラームスの交響曲第1番を聴いて下さいと言いたいのです」