プチ小説「長い長い夜 2」

奥山先生が教室に入って来ると、十郎の席のところで十郎と山北が話もしないで向かい合っていた。山北は十郎からの受け答えを待っているようだが、十郎は固まってしまっていた。奥山先生は3回目だったので、素早く無理なく対応した。十郎には、後で山北君に説明してあげてねと言い、山北には、もう授業が始まったから続きはこの後の休み時間にしてねと言った。山北が、はーいと応えたので、山根も、はーいと先生に笑顔を返した。
休み時間になるとすぐに山北が山根の席にやって来たので、先生は教壇に残ってふたりのやり取りを聞いた。
「今晩の都合はどうなのかな」
「別に予定はないけど、余り遅くなるとお父さんが心配する。それから顔つなぎって何をするの」
「ははは、そうか顔つなぎって、何かわからなかったんだね。接着剤でほっぺたをくつっけるわけじゃないよ。心と心を繋ぐ切っ掛けを作るのさ」
奥山先生はさすが級長をやっていただけにうまいこと言うなあと感心したが、ただ微笑んで、あんまり遅くなると山根君のお父さんが心配するから夕方までにしたらと言った。山北は頷いてから山根の返事を待った。
「あまり遅くなると帰られなくなるから、まだここのことあまり知らないし夜は真っ暗だから」
「そうか、山根君は今までは夜もずっと明るいところにいたからね。わかった、今日は日が暮れたら、家に帰ることにしよう。でも学校が終わってから、家に帰ってからとなるとあまり時間がない。家に帰らないで行くとしよう」
奥山先生が、今日で終わりでなく明日もあることだから、少しずつ仲良くなるといいわと言った。
「今日見せたかったものがあるんだけどそれはまた今度ということにして、今日は夕方までぼくがこの街を案内するよ。そして日が暮れたら、山根君を家まで送ろうと思う。どうかな」
奥山先生は、足元が明るいうちに帰る方が安全よと言った。十郎は山北が家まで送ると言ってくれたので親切な申し出を受けることにした。
「ありがとう。山北君に案内をお願いするよ。授業が終わったらすぐに行くのかな」
「もちろん。鉄は熱いうちに打てというからね」
十郎は固まらず、そうだね、熱いうちがいいよねと応えた。

6時間目の授業が終わると十郎と山北は一緒に教室を出た。十郎は始業式から学校に来たかったが、初登校はその次の日で平常の授業が始まっていた。
「今、3時過ぎだから、3時間くらいは大丈夫かな」
「さっき、今晩顔つなぎをする、夜に待ち合わせると言っていたけど、夜じゃないと駄目なの」
「もったいぶるようだけど、今日はその話をしないでおこう。次回までのお楽しみにした方が次回会うのが楽しみになるからね。マンガの予告みたいにね」
「ヒントだけでも」
「まあ、大人の人の多くが興味を持っている趣味のひとつだけど、それを楽しませてくれる人が夜7時にならないと家に帰らない。役所勤めだからね。そのおじさんから教えてもらうのを一緒にしたいと・・・でも今日は夕方までぼくが街を案内するよ」
二人は小学校を出て、街に1軒しかないスーパーの前を通過して公立図書館に入った。十郎はやはりここだなと思った。
「山北君はよく図書館に来るの」
「そうだねえ、夏はヤンマ釣りや蝉取りをする。夏は自然と仲良くする手があるけど、冬から春はそれができないからね。この辺りの川は深いから入らない方がいいよ。ぼくは山派だね」
「夏になったら、虫捕りがしたいな。前のところではカミキリムシくらいしか捕られなかった」
「そうだねえ、カブトムシやクワガタは憧れだけど、ここでも競争率は高いから。でも夏になったらさがしてみようか」
公立図書館の昆虫図鑑や植物図鑑を見ているとあっという間に時間が経過して、図書館を出る頃には日が傾いていた。
「あんまり遅くなると良くないと奥山先生が言っていたから今から送って行くよ。ぼくからのお願いなんだけど、ぼくの知り合いのおじさんのところで午後9時頃まで過ごすことの許可をお父さんから取っておいてほしいんだ」
「そうすれば楽しい時間が過ごせるんだね。わかった、お父さんから許可を得たら山北君に言うよ」
山北は十郎を家まで送ったが、その頃は周りの景色が黄金に輝いていた。山も田畑も河川も。十郎は今までにそんな景色を実際に見たことがないと思った。