プチ小説「長い長い夜 3」
十郎は山北に家まで送ってもらって帰宅したが1時間待っても父が帰宅しないので、父親が昨晩作ったカレーを食べることにした。残業で帰りが遅くなるから先にカレーを食べておくようにと言われたが、小学4年生なのでお米を洗いご飯を炊いてガスコンロでカレーを温めるというのは一仕事だった。それでも十郎は父親が言われた通りにしないと空腹を満たすことができないので、他にすることもなかったし父親が言われた通りご飯を炊いてカレーを温めた。カレー皿にご飯とカレーを装うと午後7時を過ぎていた。十郎は今日あったことを反芻したりこれから期待できることを想像したりすることが好きだったので、まずは今日会った人たちのことを考えた。
<奥山先生は明るい先生でぼくが困らないようにしてくれた。初めての登校で教室までたどり着けるか心配だったけど、校門前で待っていて教室まで送ってくれた。初登校の日が始業式だったら困らなかったのかもしれないけど、お父さんの仕事が残っていたから仕方がない。山北君からいろいろ訊かれて困ったけど、奥山先生が間に入ってうまくいくようにしてくれた。山北君は前の級長だからか、ぼくが学校に馴染めるように気を遣ってくれている。今日はこの街を案内してくれた。楽しい趣味を持っているおじさんに案内してくれると言っていたけどどんな人なんだろう。今日は教科書をもらったから見ておこう>
十郎が考え事をしながら食事を終えて時計を見ると、午後8時近くになっていた。
<お父さんがいつ帰って来るかわからないから、もう少ししたら寝よう。教科書を少し見てお風呂に入ってから>
十郎は午後9時前には床に就いた。父親が家に帰って来たのは午後10時過ぎていたが、炊飯器に自分の分のご飯が残っていて鍋のカレーが減っていたので一安心した。そっと障子戸を開けて十郎の部屋に入ると別の部屋から入る明かりで息子の顔を見たが、楽しい夢を見ている顔をしていたので起こさないでそのままにして障子戸を閉めた。
次の日、1時間目の授業が終わると、十郎は山北に声を掛けた。
「昨日はありがとう。楽しかったよ。これからもよろしくお願いします」
「そうか、それはよかった。楽しんでもらえたんだね。それじゃあ、さっそく2つ目を楽しんでもろうかな」
十郎はその話を山北がすると思って今朝父親から許可を取っていた。父親は長くつき合ってくれそうな友人が転入一日目にできたことを喜んでくれた。
「お父さんは午後9時過ぎの帰宅を了解してくれた。夕ご飯はお父さんが待っていると言ってくれた。でもそのおじさんの家から真っ暗な道を帰って来るのは少し心配だけど」
「確かに山根君の家からは少し遠いけどぼくが送って行くから安心して、夜道だけどぼくはそのおじさんの家にはひと月に2回くらい行っているから。うまい具合に今日はその日に当たる...」
「そのおじさんの趣味ってなんなの」
「アナログレコードさ。詳しく説明しないとなんだそんなことかと言われないかと心配だから6時間目が終わってから説明する」
「もう少し時間があるから...どんな音楽を聴くかだけ教えてもらえたら」
「いろいろ聞くみたいだけど、クラシック音楽とジャズが中心かな。それをいい音で聞こうというのがそのおじさんの趣味さ。他にも入店の作法とか他の趣味なんかもぼくには興味深い。小学4年生にはちょっと難しいけれどいい音を聞くのは楽しいから、山根君も楽しんでくれるとうれしい...」
「そうなんだね。早く連れて行ってほしいなぁ。でも入店って言ったけれど、そこは名曲喫茶やジャズ喫茶のようなお店なの」
「おじさんが昔名曲喫茶に通い詰めていたから、真似したくなったみたいでリクエストノートに記載しないといけない」
「ぼく、クラシックと言ったらバッハ、モーツァルト、ベートーヴェンの名前くらいかな。それだけじゃあリクエストできないよね」
「ぼくも最初はそうだったけどおじさんがいろいろ説明してくれるから2ヶ月くらいでリクエストできるようになった。山根君も最初のうちはぼくがリクエストする曲を聞いたりおじさんの話を聞いているだけでいい。そうしてわからないことがあったり説明してほしいことがあったら、おじさんにお願いすると言い。ああ、始業のベルが鳴った。あとのことはおじさんの家まで行く時にしよう。学校にいる時は勉強をしなっくちゃね」
席に戻りかけてまた山根のところに来た山北は、おじさんは午後7時にならないと家に帰らないが、午後6時頃に行くと奥さんが部屋に案内してお茶を出してリクエスト台帳を見せてくれるのでそれに間に合うよう迎えに行くと山北は言ってくれた。