プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生61」
小川は秋子が里帰りして家に居ないことをいいことに、「我らが共通の友(互いの友)」を深夜まで
読みふけっていた。ふと時計に目をやると午前1時になっていた。
「もうこんな時間か。今になって気が付いたが、この小説は4部構成になっていて、それぞれ16章か17章ある。
今やっと、第2部の第2章まで読んだが、第3章はヴェニアリング夫妻とポズナップが出て来る上流階級の余り
面白くない話だろうから、このあたりで眠ることにしよう。それにしても第2章では、人形衣裳師のジェニー・レン
(本名:ファニー・クリーヴァー)が登場するが、美しい金髪を持ちながら、身体に障害を持っている。第16章で
孤児を預かる施設を営んでいるベティ・ヒグデン夫人のところで働いている(ところに同居している)スロッピーも
知的障害を持っている。ディケンズ先生がこの前に夢の中で、「憎めない悪役」と言っていた、サイラス・ウェッグも
片足が義足だ。他の小説を見てみると、「バーナビー・ラッジ」の主人公は知的障害者であるし、「ディヴィッド・
コパフィールド」のディックさんも少し知的障害があるようだ。また同小説では、ミス・モーチャーも障害を持っている。
重要なことは、これらの登場人物を少しだけ登場させるのではなく、重要な役割をさせていることだ。ディケンズ先生は、
バーナビー・ラッジ、ミスタ・ディックそれにミス・モーチャーをわが子のように愛情込めて描いているが、ジェニー・レン
やスロッピーをこの先どのように描いて行くか、興味が尽きないところだ。でも、悪役のウェッグは最後はどうなるのだろう。
そういえば、この小説も悪役がたくさん出て来ている。ウェッグの他にユージン・レイバーンを恋敵として憎んでいる、
ブラドリー・ヘッドストンは衝動的に何かとんでもないことをやってしまいそうな人物だ。ギャッファー・ヘクサム
(リジーの父親)の同業者のローグ・ライダーフッドも自分勝手な無法者だ。変わったところでは、結婚して始めて
結婚の相手が山師とわかった、アルフレッドとソフローニアのラムル夫妻などの動向も気になるなあ。ふぁー、一気に
最後まで読み終えることができないのは歯がゆいが、読書はその合間にどんどん想像を思い巡らせることができるから
味わいながらゆっくりと読むのも許せるんじゃないかな。それでは、今日はここまでとしよう」
小川が眠りにつくとすぐにディケンズ先生は現れた。
「小川君、なかなかいいことに気が付いてくれたね。私は、小説の中で様々な人物を生き生きと描くことを心掛けて来たつもりだ。
そのためには背景やその人物の性格や生活環境を必要なだけ描いた上で、シチュエーション(場面)を設定する。そうして登場
人物をいろいろと組み合わせた上で、興味深い会話をさせていく。ミス・モーチャーやジェニー・レンは他の女性と違った大きな
苦悩を持っており、それを会話というかたちで善良で良識を持った読者に伝えることにより、大きな感動を齎せたり、やるせない
思いに共感を持たせたりすることができる」
「やるせない思いですか」
「そうだなー、小川君にはわからないだろうが...。大多数の人間は30才を過ぎて中年に差し掛かる頃にそういった思いをする
ものなんだよ。失恋、失望、失敗、失速、失職...。そんな時でも希望が持てるかどうかは、いろいろ学んだものをいかに
生活の中に取り入れて立て直して行くかなんだ。本が手軽で利用しやすいものなのだが、ここ10年のうちに...」
「どうなるのですか」
「新しい時代がやって来るのだよ」