プチ小説「西洋文学の四方山話 宇宙人編 9」

福居は最近の物価高でお金のやりくりが行き詰る気配を見せていて、小旅行どころではなかった。それでも今のところは何とか立命館大学図書館で懸賞小説を書いたり西洋文学を読んでいる。しかしいつまでそれを続けられるんだろうと思って阪急電車の京都方面行きのホームに上がると、ベンチでM29800星雲からやって来た宇宙人が白っぽい本2冊と岩波文庫2冊を手に取って首を傾げていた。
「谷さん、何か困ったことがおありですか」
福居が尋ねると宇宙人は、エエトコロニキテクレタと言ってから話を続けた。
「アンタガコウタカラワシモヨモウトオモウテコウタケド、コノフタツハ インコンプリートヤネ。オカネガナイオカネガナイトイウトルノニソンナコトシテエエンカ」
「シュテファン・ツヴァイクの『昨日の世界』とトマス・ハーディの『テス』のことですね」
「アンタハタイテイコウタホンハサイゴマデヨムノニ、コノフタツハサイゴマデヨメンカッタ。ナンデヤノン」
「『昨日の世界』はツヴァイクの最後の作品で面白いと聞いていたので頑張って読んだのですが、2巻目を50ページほど読んだところで読み続けるのを断念しました。というのもこの小説はツヴァイクが腰を据えて自分の書斎などで資料を参照しながら書いたものでなく、難を逃れるためにあちこち移動しながら資料なしで書き上げた自伝小説で大学を卒業する辺りまではツヴァイクが青春時代をどのように送ったか興味がありましたが、その後はロマン・ロランやその他ツヴァイクと親しくしていた人との交流を書いたところがまとまりがなくて面白くありませんでした。彼の評伝小説『マゼラン』『アメリゴ』『エラスムス 勝利と悲劇』のような興味深い人物を資料に基づいて描いたものではありません。『昨日の世界』を最後まで読めば、ツヴァイクの死の直前の心境などが語られるのかもしれませんが読み続けることができませんでした。それから『テス』は昨年の8月頃から鞄に入れて持ち歩き、我慢して少しづつ読んだのですが、内容が深刻でヒロインのテスを始め登場人物がみな魅力に欠けます。今、ジョージ・エリオットの『ロモラ』を読んでいるのですが、ロモラのような清純な女性でなくてもディケンズの『デイヴィッド・コパフィールド』のエムリのような普通の女性であってほしいのです。それに彼女を取り巻く2人の男性が酷すぎます。アレクは悪魔のような卑劣漢ですし、エンジェル・クレアも落ち着きのない影の薄い男です。私は物語が面白くなくなるとその先どうなるのか調べるのですが、テスが行き詰ってアレクを殺害するとなっているのを見て、これ以上読むのは辛いだけだと思い読むのをやめました。ハーディは新潮文庫の短編集を読んで、そのほろ苦さがいいなあと思って長年購入できなかった『テス』を買って読み始めたのですが、アレクがテスに2度目の悪さをするところで読むのをやめました」
「デモモシカシタラソノカテイデオモシロイジンブツガアラワレタリオモシロイヒョウゲンガアルカモシレヘンヨ」
「私の場合、小説を読み続けられるかどうかは偏に主人公の性格次第です。不誠実であったり目標が定まらない虚ろな目で行動していると私は退屈になり投げ出したくなるのです。だから好きな作家のディケンズでも『マーティン・チャズルウィット』は登場人物に魅力がないので楽しんで読めません(過去2度読みましたが、楽しくありませんでした)。他にフローベルの『ボヴァリー夫人』やトルストイの『アンナ・カレーニナ』もヒロインが不誠実な気がするので、名作と言われても読む気がしません。以前、ジョージ・エリオットの『ミドルマーチ』を読んだのですが、老学者をヒロインがいじめているような気になり後味が悪かったです。『ロモラ』はかなりボリュームがあるので、『ミドルマーチ』のようなことがないようにと思っています」
「マア、ヨンデテタノシクナカッタラカンドウガナイシ、キバラシニモナランカモシラン。ソレニアト20ネンモドクショヲタノシメヘンヤロ」
「さあ、どうでしょうか。ぼくは今にところ目と頭はしっかりしているので100才になっても世界の名作を読もうと思っています。最近、集英社の世界文学全集が素晴らしいと思って、『風と共に去りぬ』『オデュッセイア』『赤と黒』に続いてゲーテの『ファウスト』にも挑戦しようかなと思っています」
「ドコガスバラシインヤ」
「登場人物を紹介する栞があり、これを見ると似た名前で混乱することを避けられます。『ロモラ』の登場人物にティート・メレーマとディーノ・フラ・ルカがいてティートはロモラの恋人でディーノはロモラの兄です。英字表記ならTとDで混乱することはないのでしょうが、ティートとディーノではぱっと見では同じようです。それを避けることができるので、集英社の世界文学全集は他の文学全集より読みやすいと言えるのです。『ロモラ』には歴史上有名なマキャベリとサボナローラが出て来ます。彼らがこの物語の中でどのような役割を演じるのか興味が尽きません」
「ソウイウコトヤッタラ、キョウミガアルノヲデキルダケハヤクヨンダラエエヨ」