プチ小説「長い長い夜 6」

洋子の父親がレコードに針を落とすと十郎はしばらくオーディオ装置を見ながら耳を澄ましていたが、洋子と山北は腕を組んで前傾姿勢で目を閉じていた。洋子の父親はテーブルにコーヒーカップと本を置いてたまに本を読んだりカップの飲み物を飲んだりしていた。しばらくすると母親がやって来て父親の隣に座ってレコードの音に耳を澄ませた。第2楽章が始まると「家路」のメロディがしばし流れたが、別の主題が始まって十郎は眠たくなって来た。第二楽章が終わる頃、十郎は舟をこいでいたが、第三楽章の力強い音楽が始まると感覚が戻って来た。新世界交響曲の後に序曲「オセロ」がかかったが、洋子の父親がそれまでと違ってじっと目を瞑ってスピーカーから流れ出す音に耳を集中させているのに気付いた。序曲「オセロ」が終わると十郎は拍手したが、山北と洋子もそれに続いた。洋子の父が立ち上がり、嬉しそうに解説を始めた。
「元々ドヴォルザークは自国の音楽を大切にした人で、世界の人たちがなじみやすい曲を作曲したのは、交響曲第7番を作曲した1884年(43才)頃からで、交響曲第8番は1890年に、交響曲第9番「新世界より」は1893年に作曲しています。ドヴォルザークはアメリカの音楽院院長への就任のために1891年から渡米しましたが、いろいろ理由があって1995年にチェロ協奏曲を作曲してしばらくして帰国しました。アメリカに滞在している間に、弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」も作曲しており、ドヴォルザークが作曲した有名な曲はアメリカ滞在中に作曲されたと言われています。ドヴォルザークが作曲した曲には、「ユーモレスク」「スラヴ舞曲第2番(OP.72-2)」などの愛らしい曲がありますが、私が一番好きなのは、ピアノ三重奏曲第4番「ドゥムキー」でみなさんも機会があればお聞きになってください」
洋子は父親の解説が長くなっているのが気になって言った。
「もうそろそろお父さんの推薦レコードに移らないと定刻に終わらないわよ」
「ああ、そうだったね。そろそろ掛けないと9時までに終わらないね」
山北は気配りができる小学生だったので笑顔で洋子の父親に言った。
「おじさん、少しくらい遅くなっても気にしないでいいですよ。ぼくの方は大丈夫ですし、山根君もお父さんにメモで遅くなると伝えているから」
「でもあまり遅くならない方がいいわ。山根さんのお父さんが心配するし、あんまり遅いとお父さんが次は行かせてくれなくなるかもしれないわよ」
「そうかもしれない。今日は定刻で終わるのがいいね」
「よし、じゃあ、さっそく、後半を始めるとしよう。ドヴォルザークの解説のところで、ドヴォルザークが作曲した曲で人気がある曲は40才を超えた頃に集中してると説明したが、ロシアの作曲家チャイコフスキーは音楽院を卒業した翌年26才の頃に交響曲第1番「冬の日の幻想」を作曲していて、この曲は若さが漲っている素晴らしい曲なんだ。この曲を今日は聞いてもらおうと思う。チャイコフスキーは後期の三大交響曲も素晴らしいが、この曲も本当に素晴らしい。チャイコフスキーは35才の頃にピアノ協奏曲第1番、38才の頃にヴァイオリン協奏曲、40才の頃に弦楽セレナードを作曲したが、53才の頃に交響曲第6番「悲愴」の初演をしてしばらくして亡くなっている。ドヴォルザークが62才で亡くなったからもう少し頑張って作曲してほしかった気がする」
「お父さん、早くしないとアンコール曲が掛けられないわよ」
「そうだね、じゃあ、その前にチャイコフスキー交響曲第1番「冬の日の幻想」を聞いてもらおう。演奏はエフゲニー・スヴェトラーノフ指揮ソヴィエト国立交響楽団です」
十郎は新世界交響曲のような落ち着いた音楽ではないが、若さにあふれた光彩を放つような音楽に魅せられて、レコードが終わった後もしばらくぼおっとしていた。
洋子が、どうだったと話し掛けて来たので十郎は、素晴らしかったと言った。
「さあ、それじゃあ、アンコール曲を聞いてもらおう。ドヴォルザークが作曲したユーモレスクをクライスラーのヴァイオリン、ルップのピアノ伴奏で聞いてもらいます」
最後の曲を聞いて十郎は洋子の父親に礼を言って帰途に着いた。、山北が十郎に、どうだったと尋ねると十郎は、素晴らしかったと笑顔で言った。4月なのでまだ少し寒かったが、空には満月が輝いていた。