プチ小説「長い長い夜 7」

洋子の家でのレコードコンサートがあった翌日は土曜日だったが、4時間目の授業が終わった後で山北が十郎に声を掛けた。
「昨日はどうだった。楽しかった?」
「うん、でもぼくはクラシック音楽をあまり知らないから・・・」
「ぼくも最初はそうだった。君はもう気付いているかもしれないけど、もともとは洋子ちゃんから一緒にお父さんとクラシック音楽を聞いてくれないかしらと言われたのが始まりなんだ」
「洋子ちゃんとは幼稚園からのつき合いとかなのかな」
「一年生からのつき合いさ。家が近いから親同士が仲良くなって、洋子ちゃんとも仲良くなった。春になるとみんなで花見をしたりする」
「そうなんだね、ところでもうお昼だけど家に帰らないの」
「帰る前に一緒にこの本を見ようと思って」
山北が見せたのはクラシック音楽のレコードのガイドブックだった。
「洋子ちゃんのお父さんから借りたんだけど活字ばかりでどれがいいのかわからない」
「でも2センチ四方の写真、きっとこれはレコードの写真だろうけどこれを参考にしたら」
「ほとんどが演奏家の写真だけれどこの人がすばらしい演奏をしているかどうかはわからない。イメージを湧かせるイラストや外国の景色の写真の方が選ぶための参考になるような気がする。ミュンシュというドイツ人の指揮者がボストン交響楽団の指揮をしてメンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」を録音したんだけど、このレコードのジャケット、レコード盤の表紙の絵柄をこう呼ぶんだ、にイタリアのティトゥスの凱旋門、これは洋子ちゃんのお父さんに教えてもらった、の写真が使ってある。これを見るときっと素敵な演奏なんだろうなぁと思って聞きたくなる。それからオーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団がレスピーギのローマ三部作、松と噴水と祭りの3つの交響詩のレコードがあるけどここにはトレビの泉の写真が載っている。他にリヒャルト・シュトラウスのアルプス交響曲のジャケットはほとんどヨーロッパアルプスの山の勇壮な写真、だいたいマッターホルンみたいだけど、が使ってある」
「でも2センチ四方じゃあ勇壮かどうかわからないなあ」
「だからこの小さな写真で良さそうなのを選んでレコード屋さんで実物を見てみる。そうしてこれは間違いないと思ったら、洋子ちゃんのお父さんにリクエストするのさ。そうそうアルプス交響曲はヨーロッパアルプスの山で放牧されている牛がぶらさげるカウベルの音が聞こえたり、ウインドマシーンで雷雨の情景を音で聞かせたりしてとても楽しい曲なんだ。でも曲の中頃で堂々と鳴り響くテーマが素晴らしい。そうだぼくももう一度聞きたいから頼んでみよう」
「うん、ぼくも聞いてみたい」
ふたりが家に帰ろうとしないで楽しそうに会話しているところに洋子がにこにこしながら近付いて来た。
「ふたりともこの前は遅くなったけど大丈夫だった」
「ぼくはよくあることだから問題はなかった。それより山根君はどうだった」
「あの日はお父さんの帰りが遅くて、ぼくが帰ってしばらくしてお父さんが帰って来た。とても楽しかったことを伝えたら、また行くといいと言ってくれたよ」
「じゃあ、私からお父さんに次のリクエストはリヒャルト・シュトラウスのアルプス交響曲と言っておくわ。今のところ月に一回だけどもう少しあった方がいい?」
「あまりお父さんに無理を言うのはどうかと思うけど、例えば休日の午後もう少し長い時間してもらうのもいいかもしれない」
「あんまり無理すると疲れちゃうかもしれないよ。今のままずっと続けるのがいいよ」
「私は山北君に味方するわ。でもあんまり負担になるようだったら・・・次の集まりの時にお父さんに訊いてみたらいいわ」
「そうだね、でも無理強いするのは良くないから、お父さんの体調が悪い時は中止してもいいんじゃないかな」
「ふふふ、いろいろ意見があるけど、私は月一回プラス不定期に開催がいいと思うわ」