プチ小説「こんにちは、ディケンズ先生62」

小川は秋子が東京駅までアユミを迎えに行っている間に、今、読みかけの「我らが共通の友(互いの友)」を読むことにした。
「思った通り、ウィルファー家が出て来るところは楽しい雰囲気に満ちている。ベラの父である、レジナルド・ウィルファー
 (R.W)は小柄な気のいい中年のキューピッドのように描かれている。一方、ウィルファー夫人は威厳に満ちた長身の女性だ。
 両者の体格がそのまま力関係を表しているようだ。それでもR.Wは明るく善良な人間でベラからも慕われているため、暗く
 なったり孤立することはない。ウィルファー夫人や末娘のラヴィから突き上げられても、心優しい父親であり続けている。
 ウィルファー夫人は威圧的な言葉でR.Wを攻撃するけれども、決して陰湿なところはなくからっとしているし、末娘の
 ラヴィに対してもきびしい声を発している。このふたりに対抗するためにベラとR.Wは手を組むわけだが、父娘というよりも
 恋人みたいだなぁ。ふたりだけで馬車で出掛けたりして、羨ましい気がする。家も娘がふたりだが、どちらかひとりでもベラの
 ように僕を慕ってくれないものかしら...。どうやら、もうすぐウィルファー夫人に匹敵するような女性が登場するようだぞ」
「ただいまー」
秋子たちは、帰宅するとすぐに書斎にやって来た。
「早速だけど、アユミさんがねー、お願いがあるって言うんだけれど...。小川さんの意見はどうかしら」
「うーむ、あまりいい話じゃなさそうだが...」
「そう、お生憎様、でも、あんたの娘さんたちも私の味方よ」
「どういうこと...」
「ふたりとも、喧嘩しないで聞いて。アユミさんは、今回に限り家に泊まるって言っていたけれど...」
「それじゃー、やっぱり...」
「そうなの、月に1回家に来る時は半永久的に家に泊まりたいって...」
「それはふたりの希望なのかな」
「いいえ、子供たちもアユミさんを慕っているようよ」
「ぷぷーっ。ママもモモもミミもアユミ姉ちゃん、大しゅき」
「......」

結局、その夜は小川はひとりで、書斎でやすむことになった。眠りにつくとディケンズ先生が現れた。
「小川君、いつも、いろいろ大変だね」
「先生、アユミさんはぼくにとって、天敵なんでしょうか」
「いや、そういう言い方はよくないな。誰とでも仲良くしないと」
「でも、彼女の手が届くところにいるとしばしばあのファーストミットのように大きくて、万力のように重量感のある手で肩を
 叩くんです。テレビを見ていて面白いと思うと力一杯振り下ろすので、お尻が畳にめり込むような気がするんです」
「いいじゃないか。楽しんでいるのだから。ウィルファー夫人のように相手を挑発したり、追いつめたりしないだろ。でももし、
 君の不注意でアユミさんの腫れ物に触るようなことになると、これはもう...。あとは怖くて、とても言葉にならない」
「先生、それがどこにあるかだけ教えてもらえませんか...」
「身体ではないよ。つらい過去というか...」
「そうなんですか」