プチ小説「長い長い夜 16」

その日は12月初旬で日が暮れるのが一番遅い日だった。十郎が通う学校は下校時間が午後5時30分であるが、十郎と山北が校門を出る頃にはかなり暗くなっていて晴天だったので満天に星が輝いていた。
「やっぱり、ここでは星空がきれいだね。ぼくが前に住んでいたところではせいぜい3等星が見えるくらいだった」
「確かにここは灯がぽつんとしかないから、星がきれいだね」
「これだけ明るく見えると星の色もよくわかるよ。白。黄、赤、青、オレンジそれから緑色」
「ブーッ、緑色の星は残念ながらないよ」
「なぜ」
「さあ、それはわからないけど、星に詳しい人が言っていた」
「山北君は星に詳しいのかな」
「まあ、普通じゃないのかな。都会と違って、ここでは夏に天の川銀河がきれいに見えるし、冬場はベテルギウスの赤が輝いて見えるしオリオン大星雲も肉眼でそれらしいものが見える。ぼくはまだ見たことがないけど3等星位の彗星だったら帯もきれいに見えるようだよ」
「ぼくも大きくなったら、天体望遠鏡を買って天体観測をしたいなあ」
「それは山根君が今きれいな星空を見て衝動的に天文ファンがしたいことを言っているんだと思うよ」
「そうなの」
「そうさ、天体観測を落ち着いてするためにはいくつかの条件をクリアしないといけないんだ。何だと思う」
「そうだなあ、まずは今みたいな晴天の星空かな。次は望遠鏡だけどセキドウギ?というのがいるんだね」
「そう、天体は動いているからそれに合わせて望遠鏡が動かないと観測はできない。星を追いかけるから追尾と言うけど、実際は天球に合わせて望遠鏡が動くような機械が必要で赤道儀と言われている。木星や土星の形状をはっきり知りたいのなら100ミリ、木星の縞模様をはっきり見たいのなら200ミリくらいの望遠鏡が・・・」
「山北君って、天体に詳しいんだ」
「ぼくは凝り性だから、天体観察にも興味を持ったことがある。でもさっき言ったようにいくつか問題があって諦めた」
「他には、いつも天気がいいわけではないとか、長い時間が必要だとかかな」
「それもその理由だけれど、やはりお金の問題が大きい。赤道儀付きの200ミリの望遠鏡も高価だけれど、それをいちいち光が被らない広場に持って行って観測するわけには行かない。赤道儀はバッテリーで動かすけれどやはり落ち着いて観測するためには自宅に観測するところを作らなければならない。しかもベランダだと全天が見られないから欲求不満になってしまう」
「大きくなって、車を買ったらそれで運べばもっと暗いところで観測できるかもしれない」
「星空の運行を知るためには紙製の星座早見表だけではとても物足りない。家でターゲットを絞ってじっくり観察しないといけない。遠出の用意と現地まで行くことだけで膨大な時間を費やしてしまう。自宅にできればドームをこさえるのが望ましい」
「でも天体観測って、趣味でしょ。そんな何百万円も掛けないとできないのかな」
「そう、ぼくもそう思って、天体観測ができるのは小さい頃から夢見たことを実現した人だけができることで、多分それに専念するためには他の趣味を我慢するだけでなく、時には仕事にも影響が出て来るのでやりくる必要があると考える。そんなことを思っていた時に洋子ちゃんのお父さんから、レコードを一緒に聞かないかとの話があって」
「それで、天体観測の夢はどうなったの」
「それは大きくなってから真剣に考えればいいと思った。だから今はホルストの「惑星」を聞いて、夢を育んでいるというか」
「ぼくも「木星」好きだよ。こんな星空をプラネタリウムで再現してもらって、「惑星」の曲が流れたら、いつか自分で肉眼で木星や土星が見たいと思うようになるだろうね」
「そう、奥深い神秘的な宇宙を自宅で心行くまで楽しみたいという夢がいつかかなうと考えると、今すぐに叶うのはもったいない気がしてくる」
「いつか夢が叶うと考えて、そのためには日々の努力が必要だけれど、「惑星」を聞いて宇宙への夢を再燃させて実現する日を楽しみに待つ」
「でも今は「惑星」は洋子ちゃんのところでしか聞けないから、近いうちに掛けてほしいと洋子ちゃんに頼んでおこう」
後ろにいた洋子が二人に声を掛けた。
「山根君も山北君に影響されたのね」
「ぼくもなの」
「そう、わたしも「惑星」が大好きなの。占星術に関係があって、実際の星のイメージとは違うみたい。でも山北君のような天文ファンが「惑星」を聞いて、天体観測の夢を膨らませるという気持ちはよくわかるから、お父さんに二人の希望を言っておくわね」