プチ小説「クラシック音楽の四方山話 宇宙人編 75」

福居は春に奈良県桜井市の聖林寺を訪れた際に受付で販売している国宝十一面観音立像の写真を一枚しか購入しなかったことを後悔していた。全身像の写真しか買わなかったのだ。十一面の観音のお顔をよく見ることが出来るお顔を拡大した写真をその時に購入しなかったので、なるべく早いうちに聖林寺を再訪したいと思っていた。7月に入って最高気温が37~38度の日々が続いていたが35度まで下がると天気予報で聞いたので、聖林寺と大神神社を訪ねることにした。
<午前中に聖林寺に行って写真を購入して、午後から大神神社に行こう。大神神社の近くにはおそうめんの名店があるようだからお昼はそこで食べよう>
福居は鶴橋駅でJRから近鉄線に乗り換えて桜井駅で下車した。40分程待つと、奈良交通の談山神社行きのバスがやって来たので乗車した。
<この前、ここに来た時はまず談山神社に行ってから、帰りに聖林寺に寄ったのだった。バスの待ち時間が長いので駅まで歩いたが、40分近くかかったのでバスを待っても同じくらいの時間に帰り着けた。でもバス代を節約できたのだから。おや、あれは・・・>
バスが聖林寺のバス停に止まる間際に福居が聖林寺の方を見るとしばしば見掛ける人の後姿が見えたが、すぐに建物の陰に隠れて見えなくなった。5分程歩くと聖林寺の受付に着いたが、先に拝観者がいるようで黄色と黒のまだら模様の先の尖った靴が脱いで置かれてあった。福居は30分後にやって来るバスに乗らなければならないので、急いで十一面観音立像を拝観してから写真を買って帰ろうと思った。十一面観音立像は国宝なので別室に展示されていて、そこに入る前にロッカーにカバンなどの持ち物を預け入れる必要があった。福居はリュックをそこに入れて展示室に入った。ドアを開けた時に賽銭を入れる音がしたが、福居の視野に人の姿は入らなかった。十一面観音立像の前まで行ったが、拝観者は十一面観音立像を挟んで福居の向う側にいたのでやはり姿を見ることはできなかった。福居は右手(時計と反対周り)に足を進めたが、もう一人の拝観者も同じ歩調で歩くからか十一面観音立像の周りを2周回っても相手の姿を見ることはできなかった。福居は諦め切れずにさらに10周十一面観音立像の周りを歩いたが、もうひとりの拝観者の気配だけしかなかった。福居が引き上げようと思って出口に向っていると、後ろから聞き慣れた声がした。
「コレカラヒルメシクウンヤロ。オイシイミセヲオシエテオクレ」
福居が振り向くと、そこにはM29800星雲からやって来た宇宙人が立っていた。
「ああ、谷さんだったんですか。わかりませんでした」
「ソウナンヤ。デモワシハワカットッテ、オモロイカラアソンドッタンヤ」
福居は少し腹が立ったが、バスに乗り遅れるのが心配だった。
「もう少ししたらバスが来ます。急ぎましょう」

大神神社は写真撮影禁止だったので、福居は手持無沙汰だった。それを見てM29800星雲からやって来た宇宙人が福居に言った。
「アンタハシャシンサツエイガイキガイトイウノニ、ヨウガマンデキルネ」
「境内で神職の方に確認しましたが、許可がないと写真撮影ができないとのことでした。大神神社は三輪山そのものがご神体と言われていて、その範囲もどこまでかわかりません。これからおそうめんを食べますが、店内も撮影禁止と言われそうなので、昼食の撮影も自粛します」
「マア、セッカクウマクトレタノニホームページニケイサイデケンヨリサイショカラムリトオモウタホウガクヤシイオモイヲセンデスムカラ、エエカモシラン」
福居とM29800星雲からやって来た宇宙人は大神神社にお参りした後、二の鳥居近くの福神堂に入った。
「ジツハワシソウメンガトテツモナクスキナンヤ。ヒヤシモブッカケモニュウメンモタベタイカラゼンブタノンデオクレ」
「わかりました。じゃあ、ぼくは玉子丼とぶっかけそうめんのセットにしようかな。すみませーん」
「トコロデ、アンタ、キョウモクラシックオンガクノオモシロイハナシシテクレヘン」
「神社、お祭りなどから連想する曲はやはりストラヴィンスキーの「春の祭典」だと思うのですが、谷さんはどうですか」
「ソウヤナー、ワシハムシロ、リヒャルト・シュトラウスノ「ツァラストラハカクカタリキ」ノホウガシゲキテキデエエトオモウケド」
「どちらもキリスト教ではなく、「春の祭典」は異教の儀式を題材としてストラヴィンスキーが、「ツァラトゥストラはかく語り」はゾロアスター教に関して書かれたニーチェの著書に触発されてリヒャルト・シュトラウスが作曲したものですが、それまでのクラシック音楽になかった斬新さやスケールの大きさを感じることが出来ます。そんなことからクラシック音楽に退屈してきたら、ぼくはこの2つの曲のどちらかを聞きます。もしかしたら谷さんも暑気払いもできるかもしれません」
「ソウナンヤ、サケヲノマンデモエイキヲヤシナエルンナラ、ヤッテモエエナア。ヤッテミルワ」