プチ小説「クラシック音楽の四方山話 宇宙人編 79」
福居は京都五山の送り火の撮影のために午後5時に家を出た。JR高槻駅近くで夕食を食べて京都河原町方面行きの準急電車に乗ったのは午後6時を過ぎてからだった。
<このまま特急に乗り換えずに桂駅まで行って嵐山方面行きの各駅に乗り換えれば、嵐山駅には7時少し前に着くだろう。天気予報では降水確率30パーセントと言っていた。今日、川口市や浜松市で豪雨だったみたいだけど大丈夫かな>
福居が車窓越しに京都市の方を見るとグラデーションがだんだん濃くなって黒ずんでいた。
<ぼくの場合、目的が写真撮影だから雨ざらしでは作業ができない。雨が酷いと結露の恐れもあるし雨がカメラの中に浸透するかもしれない。レンズ交換なんてできないだろう。8月8日に茨木弁天の花火大会が開催されてたくさんの花火が打ち上げられたようだけど、ぼくは午後2時頃に買物に出た時にゲリラ豪雨に遭い、夜出掛けた時にも遭ったら逃げ場がないと思い、花火大会に行くことを諦めたのだった。結局、たまに雨音や雷が聞こえたが、撮影に支障が出るような雨ではなかったみたいだ>
桂駅では雨は振っていなかったが、上桂駅では突然真っ暗になり、松尾大社駅に着くとホームが雨で濡れて所々水溜まりができていてそこに雨粒が落ちているのがわかった。
<ああ、何てことだ。やはりこれは日頃のぼくの行いが良くないから、神様が罰を課しているのだと思う。明日からはまじめに頑張ろう>
福居がそう思ったのはいずれ雨は止むと思っていてまだ心にゆとりがあったからだが、嵐山駅の改札口を出ると豪雨で地面から跳ね返った雨が白くなっているのが見えた。福居は一縷の望みをかけてスマホで雨雲レーダーを検索したが、これから1時間以上大雨が続くということがわかった。
<予定では、ここから40分歩いて撮影ポイントまで行き準備をして午後8時20分点灯の鳥居形の撮影をする予定だったが・・・>
福居が時計を見ると7時10分だった。
<午後7時30分まで様子を見てそれから行くか行かないか判断しよう>
そう思って、福居が渡月橋方面に眼をやると大きなビニール傘をさしたM29800星雲からやって来た宇宙人が駅の方に歩いて来た。福居はその傘の大きさに驚いたが、宇宙人は福居のそばまでくると傘をすぼめて福居のすぐ横に立った。
「ナニヲクヨクヨカンガエテイルンヤ。アンタハイママデヤルトキメタラ、ヤッテキタヤンカ。ヤリガタケ、ホタカジュウソウモトザンケイケンノナイアンタガオモイツキデモモアゲトフッキンヲチョウジカンシダシテ、モシカシタラヤリガタケニノボレルントチャウカトオモウタノガハジマリヤッタ。ヤリホタカトザンヲシテイルトキニオオアメニアッテミチガワカランヨウニナッタトキモ、ヘラヘラ、イヤニコニコワライナガラアンタハピンチヲノガレタヤンカ」
「あれは今から15年前のことですから、まだ51才で体力もありました。雨具を着ていましたから雨でずぶ濡れになっても平気でした」
「ソレハチガウヨ。キノモチヨウデ、ヘラヘラ、イヤニコニコワライナガラヤルトスカットスルカラ、ヤッテミテ」
福居は宇宙人に乗せられて、大雨が降っているのに傘もささずに嵐山駅の駅前に出て改札口と対峙すると言った。
「こんな雨なんて平気のプーだ」
すると少し笑い声が聞こえたので、福居の近くにいたおじさんが傘を投げ出して福居の真似をして、平気のプーだと言った。すると次はインバウンドの人が、ヘイキノプーダと言って傘を投げ出した。そこにM29800星雲からやって来た宇宙人が加わり、福居の腕に自分の腕を通して回り始めたので近くの人は皆、平気のプーだと言ってから、傘を投げ出して福居と宇宙人の真似をし出した。福居は騒ぎが大きくなることを恐れて、宇宙人に言った。
「身体が温まったので、取り敢えず撮影現場まで行きましょう。傘さえさしていれば写真機材は大丈夫でしょう」
40分歩いて京都バスの護法堂弁天前のバス停に着いたが、雨がさらに酷くなったので、結局、福居は屋根も雨宿りする場所も何もないその場所に留まることが出来ずに帰宅した。帰り道で宇宙人は福居に言った。
「キョウハクラシックノオモシロイハナシハエエカラ、ハヤクカエッテギョウズイデモシナハレ。ライネンモオクリビハアルカラ、ライネンヲタノシミニマテバエエントチャウ」
「そうですね、1年はあっと言う間ですからね。ヘラヘラ、いやニコニコしながら毎日を過ごしますよ」