プチ小説「クラシック音楽の四方山話 宇宙人編 82」

福居はLPレコードコンサートを無事終えることができたので、次の目的地渋谷の名曲喫茶ライオンに向っていた。
<今日はお客さんはのべ15名ほどだったけど、楽しんでいただけたみたいでよかった。でもあまり知られていない曲やクラリネットの曲でプログラムを構成するのは難しい。今は必ず来てくださる人が2人おられるから一人もいなくなる恐れはなくなったが、6、7人お客さんがいてくれないと落ち着かない。次回はほとんど知られていないイシュトヴァン・ケルテスのドヴォルザーク特集だけど人が集まるかしら。私の親しくしている人がケルテスのファンと言われたので、LPレコードコンサートで掛けることにしたが人気はあるんだろうか。ぼくとしてはドヴォルザークの第8番と第9番は素晴らしい演奏だと思うし、第9番とカップリングされている序曲「オセロ」は超名演だと思うが、聞いた人はどう思うだろう」
福居はぶつぶつ言いながら前にまんぼという店があった前を歩いていると、M29800星雲からやって来た宇宙人が福居に声を掛けた。
「キョウアイタイヒトガオッタケドコンカッタンヤネ」
「ええ、大学時代にドイツ語を教わった先生なんですが、その先生はご専門がギリシア史で、多分、古代ギリシア語を翻訳されてクセノポンの『ギリシア史』を今から30年程前に出版されたのです。私はギリシア史を少し知っているくらいでしたが、最近になってイギリス文学以外の海外文学などを読むようになり、『イーリアス』『オデュッセイア』やギリシア悲劇なども読むようになったのです。そうしてその先生が研究されているクセノポンの『アナバシス』と『ソクラテスの思い出』も読んだのです。私は読んで興味を持った本については感想文を書いていてその先生が書かれたクセノポン『ギリシア史』を書くつもりでいました。そうすると昔その先生にお世話になったことを思い出しました。帰りのバスの中でという限られた時間でしたが、文学の名著についていろいろ教えてくださったのです。それはここ15年程、仕事でしんどかったときに癒しを与えてくれたんです。それで一言お礼が言えないかと思い、感想文の最後のところに私は年に4回東京の名曲喫茶でレコードコンサートをしていますので、もし教え子に会いたいとお思いでしたら、御足労ですがお越しくださいと書いたのです」
「ソレデタノシミニシテタンヤネ。ホンデドウヤッタン」
「残念ながら、お会いすることは出来ませんでした。でも今日は何か予定があったのかもしれませんし、年に4回していると書いているので次回のコンサートに来てくださるかもしれません」
「デモソノセンセイ、アンタガ66サイヤカラ、ソレヨリズットウエナンヤロ」
「今年79才になられます。茨城県にお住まいのようですから、電車を乗り継いでやって来られるのも大変だと思います」
「カリニキテクレタラ、ナニガシタインヤ」
「ホームページの呼びかけのところには、「先生が生徒にふるまわれたブロック牛肉のワイン煮に近いものを一緒に食べたい」と書いたのですが、何かを一緒に食べて近況や私が大学を卒業した後にどんなことをされたか教えていただけたら聞きたいと思います。先生は多分古代ギリシア語をさらに学ぶために京都大学の松平千秋先生の門下になられたようです。松平先生はギリシア文学の先生でクセノポンの「アナバシス』やヘロドトスの『歴史』を翻訳されて岩波文庫から出版されています。そこに10年程おられて、『ギリシア史』を出版してから神戸の大学で教鞭を取られるようになりました。そうして定年までその大学におられたようです」
「デモソレダケヤッタラ、ワシヤッタラ、ワザワザイバラキケンノドコカカラスギナミクマデイコウトイウキニハナラヘンナ」
「そうですね、それに私がいたIクラスにはもっと面白い生徒がいたから、その生徒に興味を持たれたのかもしれません。私だけが呼びかけてもダメな気がします」
「タブンソノセンセイモオオガネモチデハナイヤロシタイリョクモソウネンキノヨウデハナイ。ユウセンサセタイタイセツナヨウジモアルヤロカラ、イロイロナコトガアンタノオモイドオリニナッタラ、キテクレハルカモネ。LPレコードコンサートニイクタノシミガヒトツフエタトオモウタラエエントチャウ」
「そうですよね、来られたら幸運が重なったと言って喜ばないといけないですね」
「トコロデジカイノLPレコードコンサートハケルテスノトクシュウナンヤロ。ナンデケルテスエランダノ」
「クリーヴランド管弦楽団への就任が決まっていたのに別の指揮者が就任したため将来を悲観して命を断った人です。そんな気の毒な人ですが、いくつか名盤が残されています。そんな人をぼくは応援したいのです。それからディケンズ・フェロウシップにもケルテス・ファンの人が2人います。次回はケルテスで盛り上がって、先生にも会えたらうれしいのですが」
「ソレハリッパナタノシミトイエルネ」