プチ小説「青春の光 124」
「は、橋本さん、前回までクラリネットと中古レコード収集とLPレコードコンサートについて話をしましたが、そろそろ本題に入ってはいかがでしょうか」
「そうすることにしよう。たまに横道に入ってしまうことがあっても、名曲、名盤、名演奏家その他クラシック音楽に関係することから外れないで行こうということだね」
「では今回は名曲について何か話していただきましょうか」
「じゃあ、平凡な展開だが、それぞれこれぞ隠された名曲というのを言うとしよう」
「隠されたというと何かをタオルで隠すという感じがしますが、私の隠された名曲はやはりシューベルトの室内楽曲ですね」
「具体的に言うとどうなるかな」
「交響曲、管弦楽曲、ピアノ曲、歌曲を除いた曲です。ただしアルペジョーネ・ソナタは室内楽です」
「わしはシューベルトと言えば歌曲の王でピアノ音楽も優れているという認識だが違うのかな」
「いいえ、シューベルトは「美しき水車小屋の娘」「冬の旅」「白鳥の歌」をはじめたくさんの歌曲の名曲を残しています。それから最晩年の3つのピアノ・ソナタ、さすらい人幻想曲、8つの即興曲などピアノの名曲を残していますが、私はシューベルトの室内楽曲が意外と聞かれていないので、みなさんに聞いていただけたらと思うのです」
「まずは、人数が多い、八重奏曲がいいかな」
「シューベルトは他の当時の音楽家と同様にベートーヴェンを尊敬していました。ベートーヴェンはクラリネット、ファゴット、ホルン、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスで構成される七重奏曲のトリビュート作品として書き上げたのが八重奏曲と言われています。メンバーはベートーヴェンの七重奏曲のメンバーにヴァイオリンがもうひとつで構成されます。どちらも明るくて楽しい作品で旋律が美しいのですが、弦楽四重奏曲やピアノ三重奏曲のように固定した演奏家で演奏、録音するのが難しい曲です。さらにシューベルトの八重奏曲は第1ヴァイオリンのパートが難しいと言われています」
「どちらもクラリネットが活躍するから、船場君もよく聞くんだろ。で、次は五重奏曲かな」
「五重奏曲は2曲あって、歌曲「ます」の音楽を第4楽章のテーマにしているピアノ五重奏曲と心に沁みる最晩年の作品弦楽五重奏曲があります。この2曲にはウェストミンスターの名盤が3つあるのでご紹介しましょう。ピアノ五重奏曲「ます」はどちらもピアニストにパウル・バドゥラ=スコダを迎えたウィーン・コンツェルトハウス四重奏団員のレコードとバリリ四重奏団員のレコードがあります」
「そうか、ヴァイオリンがひとつでコントラバスが入っているんだったな。同じ演奏家なのかな」
「いいえ、ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団員と共演するのはヨセフ・ヘルマンで、バリリ四重奏団員と共演するのはオットー・リュームです。弦楽四重奏曲も断然ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団の演奏が素晴らしく、こちらはチェロのギュンター・ヴァイスが加わっています」
「後は弦楽四重奏曲になるが、その前にアルペジョーネ・ソナタの好きなのがあるのだね」
「ええ。船場さんはクラシックを聴き始めて半年くらいしてアルペジョーネ・ソナタの名盤に出会われたようです」
「ダニール・シャフランのチェロ、フェリックス・ゴットリープのピアノのEMI盤だね」
「シャフランはソビエトで活躍したチェリストなので西側諸国でのレコードはこれのみと言えます。でもこのレコードはシューマンの幻想小曲集やショパンの序奏と華麗なポロネーズも入っていて名盤だと思います」
「あとは弦楽四重奏曲だが、わしは第12番「四重奏断章」、第13番「ロザムンデ」、第14番「死と乙女」くらいしか知らない」
「そうですね、それから「ロザムンデ」もあまり聞きません。両方聞けるイタリア弦楽四重奏団のレコードが一番だと思うのですが」
「わしもアルバン・ベルク四重奏団とウィーン・コンツェルトハウス四重奏団を聞いたが、イタリア弦楽四重奏団の演奏の方がずっと良かった。そうだピアノ三重奏曲第2番を忘れていた」
「そうですね、ルドルフ・ゼルキンのピアノ、アドルフ・ブッシュのヴァイオリン、ヘルマン・ブッシュのチェロのEMI盤は永遠の名盤と言えますね」