プチ小説「青春の光 125」

「は、橋本さん、どうかされたのですか」
「前回は田中君の隠された名曲ということでシューベルトの交響曲「未完成」「ザ・グレイト」それから三大歌曲集それからピアノの名曲の影に隠れてあまり目立たないシューベルトの室内楽曲の名曲を紹介してくれたが、今回は私の隠された名曲を聞いてほしいのだが、言っていいかな」
「もちろんですよ」
「私の場合、一人の作曲家からというわけにいかんのだが、それでもいいかな」
「いいですよ。誰のどの曲ですか」
「まずはモーツァルトから行こう。田中君は「ケーゲルシュタット・トリオ」からいこうか」
「船場さんの小説にも登場する曲ですが、あまり知られていませんね」
「楽器編成が独特だからね。クラリネット、ピアノ、ヴィオラでヴィオラのパートが難しそうだからメンバーが揃わない。そういうこともあってクラリネット協奏曲やクラリネット五重奏曲ほど有名でない。モーツァルトの明るい美しい音楽なのに。クレーメルはクラリネットのパートをヴァイオリンで演奏しているが、やはりクラリネットの柔かい音色は不可欠だ。ケルやランスロやド・ペイエの演奏を聞いたことがあるが、私はジャック・ブライマーのフィリップス盤が好きだな。それからマイヤーも2度録音しているから聞いてみたい気がする」
「では2つめは何でしょう」
「ベートーヴェンのピアノ協奏曲は第2番以外はすばらしい名曲でヴァイオリン協奏曲は古今東西で一番優れたものと私は思っているのだが、ピアノ、ヴァイオリンとチェロのための三重協奏曲(トリプル・コンチェルト)は残念ながら人気がない」
「ぼくもこの曲はソロ楽器が主張し合って楽器本来の魅力が打ち消されている気がするんです。2畳くらいのリングでプロレスラーが3対3で闘っているという感じがするんです。特にリヒテル、オイストラフ、ロストロポーヴィチ、カラヤンのレコードはそんな感じがするのです。まだ聞いたことはないのですが」
「その点、アラウ、シェリング、シュタルケル、インバルのレコードはぶつかり合うことはなく、お互い譲るところは譲る、主張するところは主張するという感じで曲の魅力を余すところなく引き出している。特にシュタルケルのチェロの音色は魅力的で、シェリングのヴァイオリンの音色との掛け合いはすばらしい。アラウも目立たないが要所を締めている。インバルは3人のソリストが魅力を存分に発揮できるよう努めている」
「よろしかったら、もうひとつお願いします」
「若い情熱のほとばしりというのを一番感じる曲は何だと思う」
「モーツァルトの若い頃に作曲した交響曲とかですか」
「私はそれを聞いたことがないんで何とも言えんが、私がそう思うのはチャイコフスキーの交響曲第1番「冬の日の幻想」なんだが、この曲はチャイコフスキーがわずか26才の時に作曲された曲だが、情熱の迸りが感じられる魅力的な曲だ。とにかく第4楽章の盛り上がりが素晴らしい。誰でも一度聞いたら好きになるだろう」