プチ小説「長い長い夜 29」

十郎の最近の楽しみは学校からの帰りに山北からクラシックに関する話を聞くことだった。山北は十郎と同じクラスでまだ小学5年生だったが物心ついた頃から洋子のお父さんからクラシックのアナログレコードを聞かせてもらいながらクラック音楽に関する話を聞いたので、その知識は洋子のお父さんと同じほどだった。山北は洋子のお父さんの好みに基づいて好きな作曲家、好きなクラシックの楽曲、好きな演奏家、好きなアナログレコードなどの話を十郎に聞かせてくれた。次回のレコードコンサートの選曲の話も楽しかったが、十郎が一番興味を持って聞いたのは、クラシックの楽曲についての話だった。洋子のお父さんが現代音楽をまったく聞かず、ショスタコーヴィッチ、プロコフィエフ、バルトークを苦手としていたので、山北がコメント出来るのはそれ以外の作曲家の音楽だった。それでもバロックから後期ロマン派の音楽家の名曲の話を聞かせてくれたので、十郎は機会があれば是非その曲アナログレコードを一度聴いてみたいと思った。今日はディーリアスの楽曲についてだった。
「山根君はディーリアスの音楽を聞いたことがあるかな」
「確かバルビローリ指揮ハレ管弦楽団の「アパラチア」を聞いたことがあるよ」
「よく覚えていたね。どんな印象をもったかな」
「この曲は変奏曲なので、A面では同じ旋律が繰り返し出て来る。この旋律がきれいで時にノスタルジックになって音楽に段々引き込まれていく、そうしてB面に入ってしばらくしてアカペラの混声合唱が入ってしばらく管弦楽が続いて、段々盛り上がって突然 オー・ハニー・アイ・アム・ゴーイング・ダウン・ザ・リヴァー・イン・ザ・モーニング エイホ・エイホ・ダウン・ザ・マイティ・リヴァー と独唱に続いて混声合唱が入り管弦楽が絡んで盛り上がり日没の情景のように曲が終わる」
「そう、そんな感じだ。でもこの曲はバルビローリ盤のような緊迫感があって美しい演奏は他にない。唯一無二の演奏と洋子ちゃんのお父さんは言ってた」
「バルビローリはディーリアスの管弦楽曲集のレコードも聞いたことがあるよ」
「そうだね。ぼくはこのアルバムの中の間奏曲とセレナード 歌劇「ハッサン」から、夜明け前の歌、ラ・カリンダ、春初めてカッコウを聞いて、川の上の夏の夜、去りゆくつばめが好きだな」
「ビーチャムもディーリアスの管弦楽曲集のレコードがあるね」
「そのレコードに入っている、春初めてカッコウを聞いて、そり乗りが好きだけど、ビーチャムはレコード・ジャケットもきれいなフロリダ組曲の方が好きだな。このレコードも唯一無二のフロリダ組曲のレコードと言える」
「他にディーリアスの名曲はないのかな」
「洋子ちゃんのお父さんはディーリアスのチェロの作品やヴァイオリン・ソナタを聞いたようだけど水墨画のようでディーリアスの色彩感豊かな音楽が聞けなかった。歌劇「村のロメオとジュリエット」は「楽園への道」だけは感動するなあ。リラックスしたい時には、アパラチアもフロリダ組曲も管弦楽曲集も最適だから、これからも折に触れてディーリアスの名盤を聞くだろうと言われていた」
「モーツァルト、ベートーヴェンのようなかっちりした曲や感情移入が激しいロマン派の曲に聞き飽きた時にディーリアスを聞くとほっとすると洋子のお父さんは言われていた」
「そうなんだ、それなら「アパラチア」と「フロリダ組曲」のレコードは早く買っておいた方がいいね」
「レコード鑑賞も息抜きがあった方がいいからね」