プチ小説「こんにちは、N先生 113」
私の母親は10月27日に大阪医大病院で手術を受けましたが、容態が安定したので日常生活が無理なくできるようリハビリを受けるために自宅近くの病院に転院しました。私は2日に一度その病院に母親を見舞いに行くので今日も行こうと思っています。大学図書館で午後2時頃まで過ごしその後図書館を出て母親が入院している病院に行こうと思いながら、西側広場でヤンニョムチキン弁当を食べているとN先生がテーブルの向かい側に座られました。
「君のお母さんが入院しているというのに大学図書館で過ごしていいのかな」
「あっ、N先生、ご心配おかけしてすみません。実は、母親は臍ヘルニアの治療で大阪医大病院で手術を受けて術後も問題なく退院となるところでした。ところが高齢で大阪医大病院入院中は家にいる時のように歩行器で移動することなく、トイレに行く時は車椅子で看護師さんに連れて行ってもらってました。入院中にはほとんど歩行器で移動するなど足を踏ん張ることがなかったので母親は、このまま帰って歩行器でトイレに行ったり洗濯をすることができるか不安と言っていて、私ももしも足が思うように動かなくて転倒したら大変と思い、地域連携のソーシャルワーカーの方などに相談して退院ではなく転院にしてもらったのです」
「じゃあ、まだ1か月くらい入院するのかな」
「いいえ、そんなに長くは無理のようです。なので母親には2週間の間にしっかりリハビリをして帰って来てと伝えています」
「元気になって、お母さんが家のことをするのに支障がないようになって退院することを祈っているよ。ところで君は『オイディプス王』(河合祥一郎訳)を読んだようだが、どうだった」
「私は以前、人文書院の「ギリシア悲劇全集」(全4巻)に収められている高津春繫訳を読んだのですが、予備知識なく読んだのでほとんどわからなかったのです。ただ父親を殺害し、母親と姦通し、それがわかって自らの目をつぶして放浪の旅に出るということと、フロイトのエディプス・コンプレックスのエディプスはこの王のことくらいしか知りませんでした。この劇はいろんな人の証言から先王ライオスを殺害したのが誰か、オイディプス王の生後すぐにどんなことがあったかが明らかになってきますが、ここのところが犯人探しのようで世界最初の推理小説と言われることもあるそうです。河合氏の訳を読むのは『大いなる遺産』『人間のしがらみ』に次いで3冊目ですが、河合訳はいずれもわかりやすく、しかもこの戯曲には丁寧な解説があるので、オイディプスの段々大きくなる苦悩がリアルに伝わって来ました。解説のところでこの翻訳はギリシア語からの翻訳ではなく、ギリシア語を英訳したものからの重訳とありました。重訳ができると聞くと無いものねだりをしたくなります」
「というと重訳で他の作品を翻訳してほしいということかな」
「そうです、河合氏に他の三大悲劇詩人の主だった作品も重訳で翻訳してほしいということとギリシア文学の金字塔と言える『イーリアス』『オデュッセイア』もお願いしたいです。そうしてもう一つ欲を言えば、アラビアンナイトも重訳で翻訳してもらえないかと思うのです」
「そう言えば君は千一夜物語(七)も読み終えたんだね。どうだった」
「岩波文庫なので全13巻あります。だからまだまだです。シンドバットの物語を読んだ時には感想文を書きましたが、アラビアンナイトで有名なアラジンとアリババがまだ登場していないので、早く登場してくれないかなと思っています」
「それにしても君が「千一夜物語」を読み始めて2年ほど経っているんじゃないか。残り6巻だから一気に読んでしまえばいいんじゃないか。急いで読みたい本があるのかな」
「いいえ、それはないのですが、「千一夜物語」の物語には色々あってその中には官能的な物語も多く、性的な言葉がしばしば登場します。第7巻の「匂える園」の道話という18頁ほどのお話しの中には陰●という言葉が11回も出て来るのです。これは電車の中で読むには勇気がいります。もし隣の人がこの言葉を見てドキドキしたり、この人すけべなんだわと思わないか心配になるのです。私が読書するのは家以外は阪急電車、大学図書館、ホリーズカフェになるので周りの人の目が気になるのです。そういうことから他に読んでいる本があればそちらを優先させてしまい、「千一夜物語」を続けて読むのが難しくなってしまうのです」
「隣の人が君が読んでいる本の本文を読んで、君がすけべだなんて思わないと思うけどなあ。考えすぎだよ」
「まあ、それは冗談として、「千一夜物語」は少しずつ楽しんで読んでいますから最後まで読み終えるのは大分先になると思います」
「名作をじっくり味わうのはいいことだと思うけど3年かかったというのでは最初のところを覚えていないんじゃないかと思われても仕方がないよ」
「早く読み終えるように頑張ります」