プチ小説「クラシック音楽の四方山話 宇宙人編 89」
福居は2年前に京都府南部にある浄瑠璃寺を尋ねたが、その時は九体阿弥陀仏の一体が東京国立博物館で展示されていて八体しかなかった。それでその時は仕方なく阿弥陀堂の中にある主に浄瑠璃寺の中の仏像などの写真を売っているコーナーで九体阿弥陀仏の写真と吉祥天女の絵馬を購入して帰った。福居は前に来た時と同様に、庭園に出てからまず時計回りに三重塔から阿弥陀堂へと回った。ノコンギクがたくさん咲いていたので、前回来た時もノコンギクが咲いていたから11月だったのかなと思った。池を挟んで三重塔が見えたので写真を撮った。この日は参拝客があまりいなかった。福居は阿弥陀堂の裏手に回り靴を脱ぎ、向って左手の入口からお堂の中へ入った。思った通り観光客はおらず、お堂の隅で前回も写真などを売られていたおばあさんが居眠りをしていた。福居は静かに戸を閉めると九体阿弥陀仏を眺めた。
「さすが、九体揃っていると・・・九体だよな・・・いや、十体あるぞ」
福居は腰を抜かして尻から落っこちかけたが、踏みとどまった。そうしてよく見ると一番手前の阿弥陀仏は外観は同じだが大きさが他に比べてずっと小さいことがわかった。仏像をよく見るとM29800星雲から来た宇宙人に似ていることに福居は気付いた。福居は面白いことを言って笑わせようかと思ったが、おばあさんを起こしては気の毒だと思い、何も言わずに通り過ぎた。すると宇宙人が反応した。
「シランプリセントッテ」
福居は右手の薬指を立てて口の前に持って行き、左手でおばあさんを指差した。
「ワシハアンタガヨロコブトオモウテホトケサンノマネヲシタノニ」
福居は、そう言いながらM29800星雲からやって来た宇宙人が普段通りの姿に戻ったのに驚いた。
「まさか谷さんが変身できるとは思いませんでした。お身体の大きさが同じならわからないところでした」
「ソウナンヤネ、ホタラコウイウノハドウカナ」
M29800星雲からやって来た宇宙人は今度は阿弥陀如来中尊像の光背にある仏様と同じ大きさの仏様になった。
「お楽しみのところ申し訳ないのですが、旅行客が入って来られると大騒ぎになります。元の大きさに戻ってください」
M29800星雲からやって来た宇宙人は頷いた。しかし大きさは戻ったが、恰好は仏様のままだった。しばらくすると社会見学の中学生の団体が20名ほど入口から入って来た。おばあさんがまだ居眠りをしていたので、福居とM29800星雲からやって来た宇宙人はおばあさんのそばに立った。中学生の一人がM29800星雲からやって来た宇宙人が扮した仏様に気付いておばあさんに尋ねた。
「ここに置かれてあるほとけさまもお寺のものですか」
「仏様・・・そうなのよ・・・頭をなでるとしゃべるわよ」
おばあさんはユーモアのある人のようだった。中学生は半信半疑の様子だったが、まわりが、お前、やってみろと言ったのでM29800星雲からやって来た宇宙人の頭をなでた。
「コンニチハ、ボクルリオクントイウノ、シッテタ」
福居は、自分で敬称をつけるのはおかしいと突っ込みたかったが、成り行きにまかせた。
「おじさん、なんでここにいるの」
「ソレハヤネ、アンタラガイツモアンシンシテイラレルヨウニミマモッテルンヤデ」
M29800星雲からやって来た宇宙人のコメントの返事をするのが難しいと考えた中学生はそそくさと出口へと向った。おばあさんは中学生がみんないなくなると福居とM29800星雲からやって来た宇宙人がいたが、居眠りを再開した。
「外に出ましょうか。でもその格好何とかならないですか」
福居の要望に応えていつもの格好に戻った。
「谷さんは変身できるのですね」
「マア、ソレハウチュウジンノタシナミヤカラネ。デモキガノラントワシハヤランヨ」
「多分、谷さんは前回はモーツァルトの弦楽四重奏曲のことを尋ねられたので、今回はベートーヴェンの弦楽四重奏曲のことを尋ねられると思うのですが、そう考えてよろしいですか」
「ソノメイバンオシエテ」
「ベートヴェンの弦楽四重奏曲は初期(1~6)、中期(7~11)、後期(12~16)に別れます。ここからは私の話になりますが、私は初期の弦楽四重奏曲は聞いたことがありません。後期のそれは円熟の境地と言って讃えられますが、わたしはその良さがわかりません。音の良い弦の音が味わえるようなステレオ装置でじっくり聞けば楽しめるのかもしれませんがその余裕はありません。そうしてせわしなく聞くと中期の弦楽四重奏曲と比べると印象に残る旋律が少ないと思うのです」
「キイテテタノシメナイノカナ」
「ですから中期の曲についてしか説明できないのですが、第7番「ラズモフスキー第1番」、第8番「ラズモフスキー第2番」、第9番「ラズモフスキー第3番」と第10番「ハープ」がその中では優れていると思います。もっと絞れと言われたら、第7番と第10番ということになります。どちらも好きな楽曲でベートーヴェンの弦楽四重奏曲が聞きたくなったら、ブタペスト弦楽四重奏団の第7番かウィーン・コンツェルトハウス四重奏団の第10番を聞きます。弦楽四重奏曲は概ね静かな曲が多いのですが、ベートーヴェンのこの2曲は躍動的で聞いていて楽しめます。弦楽四重奏曲に興味を持ったらまずこの2曲を聞いてみてくださいと言うと思います」
「ソウカ、ソンナニアンタガススメルンヤッタラ、スグニキクトヨ」
