プチ小説「クラシック音楽の四方山話 宇宙人編 90」
福居の母親は手術後の手足の機能回復のため老健施設に入所していて、福居は土曜日の午後からお見舞いに行くことにしていた。摂津市にある施設なので福居が住む高槻市から自転車で65分程かかった。阪急電車を利用して行くこともできたが、200円の電車賃がかかるうえ27分も駅から歩かなければならないので、福居は雨の日以外は自転車でお見舞いに行くことに決めた。
11月下旬の土曜日に福居が府道16号線を南下して柱本を過ぎて摂津市内に入ると後ろから声がした。
「ハア、ヤットオイツイタ」
福居が後ろを見るとM29800星雲からやって来た宇宙人が高槻市のマスコットキャラクターの着ぐるみを着て福居のすぐ後を走っているのがわかった。
「少し大きいようですが、大丈夫ですか」
「モチロン。トコロデオカアサンハオゲンキデスカ」
「ありがとうございます。89才で全身麻酔の手術を受けて大丈夫なのかなと心配でしたが、手術が無事終わり手足の機能も回復しつつあります。50日程、老健施設に入所して家に帰ることになっていますが、それまでに手術前くらい手足が動かせるようになってくれたらと祈っているのです」
福居が少し目を離している間にM29800星雲からやって来た宇宙人は彦根市のマスコットキャラクターに変わっていた。高槻市のマスコットキャラクターの時はほとんど反応がなかったが、彦根市のマスコットキャラクターになると道路を走っている車の中から熱い視線が注がれて手を振る人が出て来た。
「谷さん、早く元に戻らないとたくさんの子供たちが追いかけて来ます。どうしても変身したいのなら埼玉県蕨市のマスコットキャラクターにしてください」
「ワシハナスマルクンガスキヤカラソッチニスルワ」
そう言って、M29800星雲からやって来た宇宙人はなす丸くんに変身して福居より先に走り始めた。
「まあ、あまり人気があるキャラでないから、握手を求められることはないか・・・でも谷さん、こんな道幅の狭い府道の歩道で会話を交わさない方がいいと思います。もう少し行ったら●クドナルドがありますからそこに入って話をしましょう」
「ワシハ●ウショウガスキヤカラ、ソツチノホウガエエンヤケド」」
福居とM29800星雲からやって来た宇宙人は肩を並べて店内に入ろうとしたが、なす丸くんの横幅があったので福居は道を譲った。なす丸くんは摂津市のマスコットキャラクターの二番手だったが、入店した●クドナルドが摂津市内だったのでなす丸君に扮したM29800星雲からやって来た宇宙人がファンに取り囲まれて動けなくなった。人前で元の姿に戻るわけに行かず。M29800星雲からやって来た宇宙人は主に子供達からの質問に答えた。土曜日のお昼過ぎだったがなぜかハンバーグのチェーン店にたくさんの子供の客がいたのだった。M29800星雲からやって来た宇宙人は、プライベートな質問にも適当に答えていた。おじさんはいくつなの。ソレハヒミツナノヨとか。おじさんはどこからきたの。モチロンシノソウコカラとか言って、子供からは不思議がられ、大人からは面白がられていた。M29800星雲からやって来た宇宙人が苦労してようやくフライドポテトを食べ終えたので、二人は店を出た。
「ココデシツレイスルケド、ワカレルマエニヨハン・セバスチャン・バッハノメイキョクヲオシエテ。タクサンアルカラキョクメイダケデエエヨ」
「そうですね、まず思い浮かぶのはブランデンブルク協奏曲第1番から第6番でしょうか」
「カンゲンガククミキョクハドウナン」
「第2番は内容が充実しているとかG線上のアリアがある第3番が素晴らしいと言われていますが、ぼくは第1番の初めのところが好きです。ブランデンブルク協奏曲と比較すると楽器の特性が活かされていないのでどちらを取るかとなるとブランデンブルク協奏曲になります」
「ソシタラ、オルガンキョク、ゲンガッキノキョクナンカハドウナン」
「オルガン曲はトッカータとフーガニ短調がぴか一ですが、フーガト短調もいいと思います。他にもたくさんの魅力的なオルガン曲がありますが、題名はあまり知りません。ヴァイオリンの独奏曲はソナタよりもパルティータの方が聞きやすいと思います。無伴奏チェロ・ソナタは第1番でしょうか。他の曲もチェロの響きをじっくりと味わえる装置なら、第2番、第3番、第6番なんかも楽しく鑑賞できると思います」
「シュウキョウキョクハドヤ」
「今のところ、「マタイ受難曲」しか全曲通して聞いていません。「ヨハネ受難曲」「ロ短調ミサ」「クリスマス・オラトリオ」は「マタイ受難曲」のように魅力的な旋律がたくさんあるとは思いませんでした。カンタータは、第140番「目覚めよとわれらに呼ばわる物見らの声」、第147番「心と口と行いと生きざまは」、第202番「しりぞけ、もの悲しき影(結婚カンタータ)」が馴染みやすいのではないでしょうか」
「ヨシ、ワカッタ、ソシタラ、ワシハモウヒトッパシリシテカラカエルワ」
そう言うとM29800星雲からやって来た宇宙人は府道16号線の歩道を走り始めたが、もの珍しいからかたくさんの子供がその後を追いかけた。