プチ小説「たこちゃんの自転車」

バイシクル ビシクレータ ファールラートというのは自転車のことだけど、ぼくは幼い頃は自転車に乗られなかった。小学3年生になっても乗られず、その頃は自転車を共有していた弟は補助輪なしで乗られたから、父親は補助輪を付けたり外したりすることを強いられた。それでそれからしばらくして日曜日の朝にぼくは父親に近くの公園に連れて行かれて、父親から特訓を受けたのだった。父親が後ろから自転車を押してくれるだけだったが、1、2回それに合わせてペダルを踏むと父親の補助なしにペダルが漕げるようになっていた。父親は毎日曜日にペダルを着けたり外したりする手間がなくなったので喜んでいたが、それまであまり乗らなかったぼくも自転車が欲しくなったので両親にせがんでみた。母親は孫(妹の娘)が出来て三輪車(もちろん大人用のものだが)に乗るようになったくらいだから、自転車にあまり関心がなかった。自転車収納用の納屋は父親の自転車と子供用の自転車を収めるだけでそれ以上入れることができなかったので、我慢しなさいということになった。それでも小学5年生になると父親の自転車に乗られるようになったので、父親が通勤で利用しない日曜日には父親の自転車に乗った。子供用の自転車にぼくが乗ったのは弟が利用しない時だった。それで問題が起こらなかったのはぼくが小学4年生の時にその自転車で事故を起こしたからだった。急な坂道が続くところでカーブを曲がり切れず民家に飛び込んだことがあった。幸い怪我はなかったが、恐怖心が起こってしばらくは急な坂は通れなかった。その頃ぼくは切手収集に凝っていて毎月小遣いが出るとその切手屋さんに子供用の自転車で行っていたが、もしその事故がなかったら、収集癖のある僕のことだから毎月切手に10万円ほどお金を使う立派な切手コレクターになっていたかもしれない。ぼくが小中学生の頃はかっこいい方向指示器がついた自転車が流行っていて、ぼくの友だちもそれに乗っているのがたくさんいたが、ぼくの家では子供用か父親用のどちらかしか選択肢がなかった。たまに遠出をすることがあったが、その時も父親が乗っていた自転車に乗った。高校生になってドロップハンドルの中古自転車を買ってもらったが、ぼくには乗りにくくてほとんど乗らなかった。浪人生、大学生の頃はほとんど自転車に乗らなかったが、就職して事務員になり長時間のデスクワークを10年間していると慢性腰痛症が酷くなり脊柱管狭窄症の診断が出た。手術を勧められるまで悪化したので、なんとかならないものかと脳みそを濡れタオルのように絞った。それで思いついたのは背中の筋肉を鍛えることとほぐすことだった。自転車に乗るのが良いと考えて休日1、2時間乗ることにしたが、効果はなかった。それでもっとハードにしないとと思い、高槻市の住宅街安岡寺町を貫き摂津峡の入口まで上る急坂を毎日曜日に上ることにしたが、すぐに父親の自転車が壊れてしまった。母親が頑丈な自転車を買ってくれたので、急坂を上ることを続けたが、少し効果が現れたのでさらに負荷がかかるよう原地区、樫田、亀岡市役所、湯の花温泉と足を伸ばして長時間急坂を上るようにした。朝の6時に家を出て午後2時過ぎに家に帰ってくることもあったが、そのおかげで手術を受けることを免れた。阪神淡路大震災の時にはしばらく電車が動かなかったので自宅から1時間ほどかけて自転車で通勤したが、最近は自転車を買物に行く時くらいしか利用しなくなった。ブリジストンのベルトドライブの自転車で頑丈そうなので一生乗り続けたいが、経年劣化でベルトが切れないか少し不安なんだ。駅前で客待ちをしているスキンヘッドのタクシー運転手は休日に自転車に乗ることがあるんだろうか。そこにいるから訊いてみよう。「こんにちは」「オウ、ブエノスディアス ラ クエスティオン メ インテレサ ムチョ」「ええっ、鼻田さんも自転車に乗られるのですか」「いいや、わしは車しか乗らんよ」「じゃあ、何に興味があるんですか」「もう少ししたら、車だけでなく自転車も法律の取り締まりの対象になるやんか。そしたら無茶な運転や猛スピードでの運転も少のうなると思うとる」「ぼくは今までのように自由に運転できなくなると自転車に乗らなくなるかもしれません。二人乗り、スマホを使いながら、イヤホンで音楽などを聞きながらの運転はしないので大丈夫ですが、一方通行無視、スピード超過、無灯火などうっかりしていて反則切符を切られてしまいそうな気がします。しかも罰金も取られるので痛い出費も覚悟しないといけません」「原動機付自転車を主に取り締まるのとちゃうん」「それだったら、昔からの自転車の利用者は安心しますが、一見して違いがわからないので、どちらも同様に取り締まると思います。しかも罰則があるのですから、今までのように気軽に利用できないと思います」「危険な運転の取り締まりが主やと思うけどなあ。まあ、自転車のことはそれくらいにして、うさぎ跳びとリヤカーごっこを久しぶりにせーへんか」「そうですね、久しぶりに汗を流しましょう」