プチ小説「友人の下宿で25」

「皆さんお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。本日は、「愛について」というテーマで
 いろんなクラシックの曲をお聴きいただくとのことです。それでは高月さん、張り切ってどうぞ」
「今日は最初に、愛と言う言葉がタイトルに付いた小品を4曲聞いていただきます。クライスラーの
 「愛の喜び」「愛の悲しみ」、エルガーの「愛の挨拶」、リストの「愛の夢」です。これら4曲は
 いずれも作曲家が意図して愛という言葉を付けたもので、そのためかロマンティックな心ときめかせる
 ものとなっています。クライスラーはシェリング、エルガーはジンバリスト、これはテープに録音した
 ものを聞いていただきます、そしてリストはラローチャで聞いていただきます」

「次はベートーヴェンです。ベートーヴェンは余り甘くせつないという愛のイメージとは縁がないように思われ
 ますが、私は、今からご紹介する2曲は甘くせつない気がするのです。いずれも歌曲ですが、「君を愛す」と
 「遥かなる恋人に寄す」です。「君を愛す」の最初の歌詞は、「私は君を愛する。君も私を愛してくれるから」
 とあるのは、ベートーヴェンのかなわなかった恋愛への悲しみを感じさせ、心に染込むような気がします。
 いずれもペーター・シュライヤーの独唱でお聴き下さい」

「モーツァルトの音楽は天才が作ったもので、ロマン派の音楽のように情熱的ではありませんが、ピアノ協奏曲の
 第2楽章にしばしば見られるゆっくりとしたテンポの美しい旋律は、私自身はロマンティックだと思います。
 ピアノ協奏曲では第21番が一番すばらしいと思いますので、それをお聞きいただきましょう。この第2楽章の
 旋律はスウェーデン映画「美しくも短く燃え」のテーマ曲となっていて、一度は見てみたいと思っているのですが、
 上映されることはないようです。それではディヌ・リパッティのピアノ、カラヤン指揮フィルハーモニア管弦楽団の
 演奏でお聴き下さい」

「最後は、「愛」と言えばこの人でしょう。もちろんワーグナーです。特に「タンホイザー」と「トリスタンとイゾルデ」
 は愛について深く考えさせられる作品です。どちらも全曲お聴きいただくと3〜4時間かかりますので、今日は、
 「タンホイザー」から序曲とヴェヌスベルクの音楽、「トリスタンとイゾルデ」から第1幕前奏曲と愛の死をお聴き下さい。
 それにしてもワーグナーは「愛」というものを悲劇というかたちで描いてばかりいるのは疑問を感じます。でも音楽自体は
 本当にすばらしいです。フルオーケストラを前にして美しい旋律の洪水を浴びるのが私の夢でもあります。演奏は
 カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏でどうぞ」

「百田、どうだった」
「今日は、高月さんが「愛」にまつわる音楽を紹介されたのですが、高月さんは発情されたのですか...」
「そういう言い方は失礼だと思うな」
「いや、いいんだ。そういう季節でもあるんだから」
「......」