プチ小説「長い長い夜 33」

土曜日の授業が終わっての帰り道、珍しく洋子が私もご一緒していいかしらと訊いたので山北と十郎と三人で帰ることになった。洋子は来週洋子の家で開催するレコードコンサートを二人に告知したかったのだ。
「今回は山北君からリクエストがあってそれに応えてレコードを選んだけど、音の良いレコードばかりだわ」
「音の良いレコードってどんなの」
「そうねえひとつはオーケストラがその機能をフルに発揮した演奏かな。弦楽器が時には激しく勇壮に時には甘く切なく奏でられて、管楽器はそれぞれの特性を活かした演奏をして、打楽器は曲にメリハリやアクセントをつける。もうひとつはヴィルトゥオーゾによる名演奏かな。ヴァイオリン、チェロ、ピアノ、クラリネット、フルートなどの楽器の協奏曲やソロ演奏かな」
「どんな演奏があてはまるの」
「今日掛けるのは来週の土曜日までのお楽しみというか、私も最終的にどれにするかを聞いていないの。だから一般的に当てはまるものをあげていくと、アンセルメのリムスキー=コルサコフシェエラザード他、ミュンシュのベルリオーズ幻想交響曲、メータのリヒャルト・シュトラウスツァラトゥストラはかく語りき、コリン・デイヴィスのストラヴィンスキー春の祭典とかはオーディオ優秀盤と呼べるんじゃないかしら」
「協奏曲だとどんなのがあるのかな」
「そうねえ、協奏曲はソリストの上手さが光るレコードが一番だわ。私、ハイフェッツが好きなんだけど、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は本当に素晴らしいわ。でも一番好きなのはブルッフのスコットランド幻想曲かな。オイストラフのシベリウスヴァイオリン協奏曲もいいわ。チェロはカザルスなんだけど録音が古いからドヴォルザークのチェロ協奏曲くらいかな」
「古典派の作曲家で音がいいのはないのかな」
「モーツァルトのピアノ協奏曲第21番、第24番、第27番、管楽器のための協奏交響曲、フルートとハープの協奏曲、クラリネット協奏曲は名盤が多いけど名録音と呼ばれるレコードは思い浮かばないわ。バックハウスのベートーヴェンのピアノ協奏曲集は永遠の名盤と呼べるけど名録音とは呼ばれないわ。やっぱり弦楽器の素晴らしい音色が聞けるのが第一じゃないかしら。だからソナタとか小曲集とか。例えばリッチのクレモナの栄光は15丁のヴァイオリンの美しい音色が聞ける。このレコードは選曲もすばらしいわ。ソナタではパールマンのフランクのヴァイオリン・ソナタが好きだわ」
後ろで楽しそうに二人の会話を聞いていた山北が言った。
「洋子ちゃんがお勧めのレコードもいいけどぼくは楽器の音が目の前で聞けるようなレコードが好きだな」
「例えばどんなレコード」
「そればいろいろあるけど、音の良いものを3つあげようかな。バッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番をシェリングの演奏で、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第15番「田園」をグルダの演奏で、コダーイの無伴奏チェロ・組曲をシュタルケルの演奏で一度じっくり聞いてみたい」
「ところでこの前山北君がデジタル録音のことを言っていたけどそれだと音の良いレコードというのはなくなって、ただ演奏家の技術の優劣だけでレコードのよしあしが決まるのかな」
「うーん、それは大きな問題だから今ここですぐにコメントできない。来週のレコードコンサートが終わってからお父さんを交えて話し合ってみないか」
「私も賛成。お父さんにもお願いしとくわ」