プチ小説「こんにちは、N先生 117」

私は大学図書館からの帰りに京都市バス52番を利用することが月に数回あるのですが、いつも七本松通から丸太町通りに入る交差点のところにあるうどん屋さんが気になっていました。うどん 讃岐自家製麵 という表示がありますが店名の表示がなく、無添加 麺・出汁という張り紙がしてあるのですが、すりガラスで囲まれていてどんなお店かよくわかりませんでした。ネットで調べるとうどん楽洛とあり、評価も高かったので年末に是非行ってみようと思っていました。というのは営業時間が午前11時から午後2時30分まででしかも混雑するということで、大学図書館からの帰りに寄るわけに行かず、このうどん店目当てに午後11時過ぎに行くしかないと考えたからでした。午前9時に家を出て、JRで二条駅まで行き駅前のホリーズカフェで時間を潰して午前11時10分にうどん楽洛に着きました。引き戸を開けて店の中に入ると店の中央の席にN先生がいました。私は、まだ『月と六ペンス』(龍口直太郎訳)を読み終えていないのになぜ先生がいるのかなと思いましたが、お辞儀をして先生の前の席に腰掛けました。そしてN先生に尋ねました。
「私はまだ『月と六ペンス』を読み終えていません。100頁ほど残っています。なのになぜ先生が現れたのか、不思議です」
「そりゃー、年末は忙しいからね。大掃除もしなけりゃいけないし、黒豆やごまめを焚かないといけない。ぼくはこのふたつだけは毎年自分で作ることにしているからね」
「そうなんですか、でもぼくは最後まで読み終えていないので先生との受け答えで粗相を犯してしまうかもしれませんよ」
「そりゃー、君のトイレが近いことはよく知っているよ。だから早い目にトイレに行けば恐れることはないよ」
私はN先生が問題を取り違えていることに気付きましたが、何も言いませんでした。
「君は以前、中野好夫訳と金原瑞人訳を読んだんだろ。足りないところはその記憶で埋めればいいと思う」
「N先生、中野訳は今から45年ほど前と20年程前に読んだのでほとんど記憶に残っていません。大筋のストーリーがわかったくらいでした。金原訳は5年ほど前に読んだのですが、中野訳を辿っただけで後に残りませんでした。どうもストリックランドの性格が悪すぎるので、物語にのめり込めないのです。それからお人好しの極地のような性格のストルーヴにも愛想が尽きるのです。この小説は一人称の小説で3つの部分で構成されていて、最初がストリックランド夫人からの依頼で私がパリを訪れてストリックランドと親しくなるところ、2つ目が私の友人であるストルーヴがストリックランドの才能を高く評価し、ストリックランドが病気で苦しんでいると知ると妻に介抱をさせる。ところがストリックランドが回復すると妻はストリックランドに好意を抱き夫を捨てて、ストリックランドと同居するようになる。人の好いストルーヴは二人のために家を明け渡す。しかしストルーヴの妻ブラーンチの愛をストリックランドは受け入れることなく、絶望したブラーンチは自殺する。人の好いストルーヴはストリックランドを責めることはなく故郷のオランダに帰っていくといった内容。3つ目は私がたまたま訪れたタヒチで9年前に亡くなったストリックランドについての話をニコルズ船長、宿屋の女主人ティアレ、クートラ医師から聞く。ニコルズの世話でタヒチに根付くことができたストリックランドはティアレの世話で若いアタと結婚して子供もできる。しかしストリックランドの理想的な生活は長く続かず、風土病に犯され病が悪化していく中で自宅の壁に絵を描きつづけ壮絶な最期を遂げる。その後彼が住んでいた家は彼の願いを受け入れた妻のアタによって焼かれるが、彼が残したすべての作品は高い評価を受ける。私はクートラ医師にストリックランドが描いた果物の絵を見せてもらい様々な想像が喚起され、ストリックランドが誰にも到達できないような高みに達したことを知るといったような展開だったと思います」
「そんな感じで天才ストリックランドを描いているが、私が終始冷たい態度でストリックランドを見ているのが気になる。しばしば彼のしたことを面と向かって非難していて普通の人なら打ちのめされるところだ。ストリックランドはそれを苦いユーモアで躱しているが」
「そうですね、私がもっとしっかりとした意見でストリックランドの軌道修正をしていればパリで彼の才能が開花したのかもしれませんね。彼の才能が開花したのはタヒチで良き仲間や良き伴侶に恵まれたからですが、これはその前に長い退屈な会社勤務、パリでの極貧生活の後に世話になった人の生活を結果的に破壊してしまったことがあったからでそのためより強い指向で楽園タヒチでの生活に憧れたと考えられます。パリでの経済的に辛い生活が芸術だけに専心することを可能にしたとも考えられるので、ストルーヴの援助はストリックランドにとっては余計なお世話と考えたのかもしれません」
「そう考えると、極貧とは言えないが、君の貧乏生活も創作に役立っているのかもしれない。きっと一生君のうだつは上がらないと思うが、それを励みに来年以降も頑張ればいい」
「そんなことを言わないで、来年までにしてください」