プチ小説「長い長い夜 34」
名録音と言われているレコードばかりを集めたレコード・コンサートが終わった後、洋子の父が十郎、山北、洋子に、お茶を飲みながら話を聞こうかと言った。洋子の父が、まずは山北君の話を聞こうかと言った。
「最近、デジタル録音という言葉を耳にしますが、これは今のところレコードとコンパクトディスクに焼き付けて販売されています。デジタル録音というものは電気信号に変えてハードディスクに取り込みディスクに焼き付けるものなので、今までのようなアナログのレコーダー(オープンリールテープレコーダーなど)に取り込んだ音声をレコードに焼き付けるやり方のようにすべての音域を取り込んで焼き付けるものではありません。いわゆるおいしいところと言われる低い音域や高い音域がカットされるため、温かみのない尖った音になると言われています。ぼくは今の温かみのある音が好きなので、オーディオについてはデジタルの時代になってほしくないと思っているのですが、この流れは変わらないのでしょうか」
洋子の父親はにこにこ笑ながら答えた。
「まあ、デジタルのことについてぼくが話をする前に、山北君はどんな音色がいい音だと思う」
「まず思い浮かぶのはヴァイオリン、チェロなどの弦楽器の艶のある音でしょうね。それからフルート、クラリネットなどの管楽器。ハープ、チェンバロ、オルガンそれからギターもそうかな」
「じゃあ、それらの楽器と選ばなかった楽器との違いは何かな」
山北は少し考え込んだが、明快に答えた。
「繊細な音色、残音が美しいなどでしょうか」
「そうだね、そこが大きく違うんだ。この違いがあるんだが、それが小型化の時代に合っているか、それを守れるかということをよく考えないといけない。最近はラジカセもいい音で聞けるけど、これはカセットテープだからデジタル録音したものでなければアナログ録音だ。でもいずれはデジタル録音でコンパクトディスクに焼き付けたソフトをラジカセで聞くようになるだろう。というのはオープンリールテープレコーダで録音することが減っているからだ。いずれはすべてがデジタル録音に変わるだろう」
「なぜデジタル録音ばかりになるのですか。アナログ録音を残してもいいのではないですか」
「2つの録音方法があるとそれ用の機器が必要になる。どちらかを選ばないといけない。ぼくの家ではオーディオルームがあってこうしてゆったりとステレオを聞いてもらっているけど、大型スピーカー、レコードプレーヤー、アンプなんかを置くためにはそれなりの広さの部屋が必要だ。装置をコンパクトにして大きな部屋のない人にもいい音で楽しんでもらおうという発想がデジタル録音を始めた切っ掛けだと思う。しかし・・・」
「うまくいかないんですね」
「一番の問題は高音と低音のカットだ。ぼくも何度かデジタル録音を聞く機会があったが、やはり温かみのない尖った音だった。これでは繊細な音の再生は無理だと思った」
「それならデジタル録音よりやっぱりアナログ録音の方がよいと考えて・・・」
「いや、時代の流れはデジタル録音という考えが変わることはないだろう。それに昔の録音がデジタル化されてコンパクトディスクに焼き付けられて、名盤として次々と販売されるとクラシック愛好家はそれが是非聞きたいと次々とディスクを購入するだろう。そうしてやっぱり昔の音の方がいいなと思う頃にはオープンリールテープレコーダーで録音されたアナログレコードは過去のものとなってしまっているだろう。デジタル録音してもアナログレコードに焼き付けることは可能だから、アナログレコード自体はずっと生き残ると思うけど」
「ぼくは将来アナログレコード制作の仕事に携わりたいと思うんですが、その頃には・・・」
「今はアナログレコードと同じ円盤型のコンパクトディスクに移行しているけど、将来はステレオ装置がなくなってコンピューターが再生するようになるだろう。音に拘らない、コンパクトが良いということだとそういう流れが加速する。レコード針、アナログプレーヤー、アンプ、スピーカーがなくてもそこそこの音で聞けるなら、装置に凝るより新譜をどんどん聞けばいいと音楽を聞く人の指向が変わっていく」
「つまりレコードを作っていた会社は新譜を次々と発売するんですね」
「多分、コンピューターが進化すると自分で録音してたくさんの人に聞いてもらうことも可能になるだろう。そうなると音楽好きの人だけで制作した音楽が大ヒットする可能性もある」
「するとアナログの音を聞く機会がなくなるんですか」
「家で聞く音楽がデジタルだけとなると生演奏を聞く人が多くなるかもしれない。レコードができる前はずっと生でしか聞かれなかったのだから、それが一番いいのかもしれない。でも生演奏はいつも完璧というわけには行かないし、時には大きなミスをする可能性もある。まあそういったことを頭に入れて、これからも音楽を楽しめばいい。でもオープンリールテープレコーダーで録音した音楽をアナログレコードに焼き付けるのはもう十年もすれはなくなるだろう」
「そうなんですね。たとえそうだとしても、ぼくは大学を卒業するまでにどうしたら今まで聞いて来た素敵な音楽を聞き続けられるか考えてみます」
「ぼくもそうするよ」
「わたしもよ」