プチ小説「長い長い夜 35」

十郎は先週末洋子の家で開催されたレコードコンサートの後に、洋子のお父さんと山北が話したことを思い出しながら帰りを急いでいた。
<洋子ちゃんのお父さんは、オープンリールテープレコーダーで録音した音楽をアナログレコードに焼き付けるのはあと10年くらいでなくなりデジタルの時代になると言っていた。コンパクト化されてよりたくさんの人が音楽を楽しめるようになるのはいいのかもしれないが、それは今まで楽しんで来た音楽と似て非なる物だと言っていた>
駅の近くまで来ると後ろから山北の声がした。
「山根君も先週末洋子ちゃんのお父さんが言っていたことが気になるようだね」
「そりゃー、今まで楽しんできたものが10年後には完全になくなると言うのは悲しいことだと思う」
「でも何でも生まれて、発達して、栄えて、衰退していくのだから、アナログレコードも発明、改良、栄華の後にはいつかは他の記録媒体に取って代わられ衰えていくというのは覚悟しないといけない。問題はその後どうするかなんだ」
「もう一度盛り返すとか、復活させるとかできるの」
駅舎の前まで来ると山北は山根に言った。
「話が長くなりそうだから、駅舎のベンチで話そう」
駅舎のベンチに二人が腰掛けると山北は話を続けた。
「今はステレオがあって、アンプ、プレーヤー、スピーカー、レコード針、イコライザーの製品が色々あって予算の範囲内でいろいろ組み合わせを考えて自分が好ましい音を探究できる。アンプは高級機種があるし真空管アンプの温かい音の虜になる人もいる。プレーヤーは安定した回転を求めて外国のプレーヤーを購入する人もいる。スピーカーはクラシックファンならタンノイが有名だけどJBLというジャズファン向けの機種があると聞く、レコード針はオルトフォンなどが工夫を凝らして良い音を追及している。でも電気信号をハードディスクに取り込むだけならそれほど大きな違いが出ないと思う。スピーカーに凝るくらいかな」
「ぼくたちは洋子ちゃんのお父さんにステレオを聞かせてもらっているから、趣味のためとはいえお父さんが大変な苦労があるのを知らない。お金も掛るだろうし選ぶのも手間がかかる。名盤探しもしないといけない。でもコンピューターにディスクを入れるとかコンピュータ内蔵のハードディスクを利用することでそこそこの音でたくさんのいろいろな音楽が聞けるのならぼくたちは我慢を・・・」
「山根君は本当にそう思っているの。将来ステレオがなくなってコンピュータで音楽を聞くようになってもいいわけだ」
「・・・・・・」
「デジタルの音をじっくり聞いたことはないけれど、電気信号に変えるために高音、低音がカットされて、弦楽器の艶のある音や楽器の残音が今までのように聞けなくなると言うのは致命的だと思う。そういう繊細な音を楽しんでいた人がデジタルの音でもいいと思うか・・・・・・無理だと思う」
「じゃあ、ぼくたちはどうすればいいの」
「洋子ちゃんのお父さんが言うようにデジタルの時代になるのは間違いない。そうなった後にもアナログレコードの素晴らしさを少しでもたくさんの人に知ってもらえるようにすることが必要だと思う」
「それはどうしたらできるの」
「洋子ちゃんのお父さんのようなオーディオ自慢の人が自分の家のステレオと自慢のアナログレコードを聞かせてくれる機会を作ってくれたらと思うんだ」
「名曲喫茶というのを聞いたことがあるけど」
「どこの街にもあるものでないと手軽とは言えない。例えば小学生のぼくたちが洋子ちゃんのお父さんのレコードを貸してもらって、それをステレオ自慢の人に掛けててもらってそれを人に聞かせる機会を作る。それを地道にやって行くというのがひとつの方法かと思う」
「面白そうだね。でも山北君は中学受験で忙しいんだろ」
「もちろん今すぐじゃあないさ。時が来たら始める。そのとき山根君にも手伝ってほしいんだ。このことは洋子ちゃんにも頼んで了解をもらっている」
「じゃあ、その時が来たら言ってね」
「うん、時が来たら3人で頑張ろう」