プチ小説「こんにちは、N先生 121」
私は数年に一度は京都の桜の花の名所を訪れるのですが、一昨年それをしたので今年は別のことをしたいと考えていました。そう思っていたところ、テレビで京都東山の霊艦寺の椿の花が見頃で特に日光(じっこう)椿は一見の価値があるということを知ったのでした。それで日曜日に京都に出掛けたのですが、阪急電車と京阪電車を乗り継いで出町柳に出て、そこから徒歩で霊艦寺まで行くことにしました。哲学の道に入ると外国人だらけで一見して日本人よりたくさんいるような気がしました。哲学の道に来た時はいつも立ち寄る法然院には行かずに霊艦寺だけに行くことにしました。というのは一昨日から肩甲骨から胸にかけて激痛が続き昨日の未明は寝返り出来ずほとんど眠れなかったからでした。昨晩は少しマシでしたが、痛みは相変わらず続いていて痛いのによく撮影道具を持って出掛けたものだと自分で思っていました。もう少しで霊艦寺だなと思って前方を見ると千鳥格子の春物のジャケットを着て茶色のズボンを穿いた男性がいましたが、それはN先生でした。N先生は後ろに私がいるのに気付かれたのか、振り返って言われました。
「君は千一夜物語の魔法の絨毯が出て来る話を読んだようだが、どうだった」
「岩波文庫の千一夜物語第10巻の『ヌレンナハール姫と美しい魔女の物語』に魔法の絨毯が出て来ますが、それを手に入れた人が大活躍するという話でなくて少しがっかりしました」
「まあ、そういうことはよくあることさ。手に入れたのは誰なの」
「ヌレンナハール姫の従兄弟にあたる三人の王子アリ、ハサン、フサインの長男アリが競売に出ていた祈祷用の絨毯を高額で買い取ったのでした」
「なぜアリは高額の絨毯を買ったのかな」
「三人の王子がヌレンナハール姫を慕っていて父親がどうしたものかと思っていて考えついた解決策が、希代にして尋常ならぬと思う珍稀な品をそれぞれが探して父親が最も驚くべき不思議なものを持って帰った者に両親を亡くして自分が預かっている姫を授けようと父親から言われ、アリはインドの王国の市場で競売屋から勧められて高額で購入したのでした。アリがなぜそのような値段がするのか尋ねたところ、競売屋は、「この絨毯には見えざる霊験が授けられていて、この上に座れば、すぐに行きたいところに運ばれてゆき、しかも片目を閉じ、片目を開ける暇もないほどの速さで行ける」と説明しました。そうしてハサン、フサインもそれぞれペルシアの都で覗けば遠く離れた人の様子がわかる象牙の筒、サマルカンドで匂いを嗅ぐだけで瀕死のものもすぐに健康を回復する西瓜のほどの大きさの林檎を持ち帰ります。三人の王子がそれぞれ手に入れたものを見せ合っているとハサンが持ち帰った象牙の筒の霊験でヌレンナハール姫が瀕死の状態にあるのを知り、魔法の絨毯で父親のところに戻り、ヌレンナハール姫に林檎の匂いを嗅がせます」
「そうしてヌレンナハール姫は健康を回復したわけだが、誰と結婚したのかな。王は誰の持って帰ったものが一番いいものと思ったのかな」
「王は息子たちが見つけて来たどれがよいのか判断できませんでした。それで矢を一番遠くに放ったものにヌレンナハール姫を授けると言ったのです。そうしてアリの矢はハサンに及ばず、アリは宮殿に留まるのを拒んで僻地で聖職につきます。なので魔法の絨毯もこの後は出番がなくなります」
「想像をたくましくすれば、魔法の絨毯は僻地で宗教活動をするのに役立ったかもしれないね」
「でもそういうことは書かれていないので・・・フサインの放った矢がどこに行ったかわからなくなり、フサインが探していると美しい魔女の姫君が現れます。魔女の姫君は3つの宝物は私のものだった、結婚してほしいとフサインにプロポーズします。フサインは王の跡継ぎでなくなったので、この魔女の姫君との生活を始めますが、幸福な生活を6ヶ月続けた時に父親が心配しているだろうから会いに行きたいと思うようになりました。魔女の姫君にそのことを話すと父親のところに行くのはいいが、自分のことや今の生活については決して言ってはいけないと言います。それで父親から訊かれても王子は答えずにいました。さらに続けて父親のところに行くと王の側近が王に陰口して、魔術と奸智の老婆が息子の住処を探すことになりました。父親、魔術師の老婆の行動に不審を持った魔女の姫君は番人のシャイバールに命じて、大臣、魔術師の老婆を叩き殺させます。そこまでしなくてもと私は思いましたが、シャイバールに脅されて、王も退位します。そうしてフサイン王子が王となり、兄のハサンとその妻のヌレンナハールに地方の領地を与えて交際を続けたとなっています」
「父親は他人の魔術師の老婆の話を真に受けずに礼儀正しい息子が言うことをずっと信じていれば、王位にとどまって王子やその家族と楽しい余生を送れただろうに」
「先生が言われる通りだと思います」
